種田山頭火、十六句の風景 第1話:雨の中の乞食
作者のかつをです。
本日より、第十四章「乞食と俳句と瀬野の柿 ~種田山頭火、十六句の風景~」の連載を開始します。
今回の主役は、放浪の俳人として知られる、種田山頭火。
彼が、実際に瀬野を訪れたという史実を基に、その一夜の心の軌跡と、彼が遺した句の世界を旅していきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島市安芸区瀬野。この土地を、かつて一人の風変わりな旅人が通り過ぎていったことをご存じだろうか。
その男は、ぼろぼろの衣を纏い、鉄の鉢を手に托鉢をして歩いた。
そして、心に浮かぶ風景を、五・七・五の定型に縛られない自由な句として詠み続けた。
その男の名は、種田山頭火。
「分け入っても分け入っても青い山」の句で知られる、放浪の俳人である。
これは、彼がその長い旅の道中、瀬野の地で過ごした一夜と、そこに残された十六句の俳句を巡る、ささやかな物語である。
◇
昭和八年、秋。
冷たい雨が、西国街道を容赦なく叩きつけていた。
その雨の中を、一人の男が托鉢笠を目深にかぶり、とぼとぼと歩いていた。
種田山頭火、その人である。
彼はこの時、山口の小郡にある庵「其中庵」を出て、広島、四国へと向かう長い旅の途中だった。
しかし、その日の彼は心身ともに疲れ果てていた。
何日も、まともな宿には泊まれず野宿続き。
托鉢で得られる米も、わずかばかり。
そして、持病の神経痛が雨のせいでずきずきと痛む。
(もう、歩けん……)
彼は、瀬野の町はずれ、古い松の木の下で雨を避けるようにへたり込んだ。
鉄鉢の中は、空っぽ。
懐も、寂しい限りだ。
道を行き交う人々は、そんな彼を汚い乞食坊主とでもいうように、足早に通り過ぎていく。
孤独と空腹、そして体の痛み。
その三重苦が、彼の心を暗く沈ませていた。
何のために、旅をしているのか。
何のために、句を詠んでいるのか。
時折、そんな根源的な問いが彼を襲う。
家を捨て、妻子と別れ、すべてを捨ててこの放浪の旅に出た。
そこには、大いなる悟りや救いなどありはしない。
ただ、歩き、乞い、そして駄句をひねり出す惨めな毎日があるだけだ。
雨脚は、ますます強くなっていく。
日は、すでに西の山に傾きかけていた。
今宵もまた、どこかの軒下でこの冷え切った体を丸めて眠るしかないのか。
絶望が彼の心を支配しかけた、その時だった。
「……もし、お坊様。大丈夫でございますか」
一人の百姓風の男が、傘を傾けて彼を覗き込んでいた。
その顔には、いぶかしげな色もあったが、それ以上に素朴な人の善さのようなものが滲み出ていた。
この、ささやかな出会いが、山頭火の凍てついた心をほんの少しだけ溶かすことになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十四章、第一話いかがでしたでしょうか。
種田山頭火の日記には、昭和八年十月二十六日に、瀬野の上瀬野地区に一泊したことが実際に記されています。この物語は、そのわずか一行の記述から想像を膨らませたものです。
さて、絶望の淵で一人の男に声をかけられた山頭火。
この出会いは、彼に何をもたらすのでしょうか。
次回、「一夜の宿」。
瀬野の名もなき人々の温かさに触れる物語です。
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