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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第3部:近代・現代編 ~鉄道と戦争の記憶~
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官立綿糸紡績工場の女工哀史 第6話:川面に流した涙(終)

作者のかつをです。

第十三章の最終話です。

 

主人公ハツは、悲しい結末を迎えました。

しかし、彼女のささやかな恋と生きた証は、確かにそこにあったのだと信じて。

そんな祈りを込めて、物語を締めくくりました。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

ハツが、最後にたどり着いた場所。

それは、工場のすぐ脇を流れる瀬野川のほとりだった。

 

川面が、夕日に照らされてきらきらと輝いている。

そのあまりの美しさに、彼女はただ涙を流した。

 

故郷の、小川を思い出す。

妹のスミと、よく水遊びをしたあの懐かしいせせらぎ。

 

もう、帰れない。

あの、温かい場所へは。

 

彼女は、懐からあの赤いリボンを取り出した。

そして、それをそっと川の流れに乗せた。

 

(スミ、ごめんな……。姉ちゃん、約束、守れなかったよ……)

 

赤いリボンは、小さな船のようにゆっくりと川下へと流れていく。

まるで、自分の短い人生が流れていくかのようだった。

 

彼女は、その場に崩れるように座り込んだ。

咳が、止まらない。

意識が、遠のいていく。

 

その時だった。

「……おい、大丈夫か」

 

聞き覚えのある、声。

顔を上げると、そこに正一が立っていた。

 

「お前……。ハツ、じゃないか。どうしたんだ、その顔色は……。それに、その咳は」

 

ハツは、何も言えなかった。

ただ、首を横に振るだけだった。

 

正一は、すべてを察したようだった。

彼は、何も言わずに自分の羽織を脱ぐと、ハツの冷え切った肩にそっとかけた。

 

「……馬鹿だな、お前は」

 

その声は、震えていた。

 

「俺……。待ってたんだぞ。お前が、休みの日、町に出てくるのを。今度こそ、勇気を出して声をかけようと……」

 

その思わぬ言葉に、ハツの目から再び涙があふれ出した。

それは、もう悲しみの涙ではなかった。

 

自分の、ささやかな想いは確かに届いていたのだ。

自分は、一人ではなかったのだ。

 

ただ、それだけのことが彼女の冷え切った心を、温かく満たしていった。

 

その後の、ハツがどうなったのか。

それを、知る者は誰もいない。

ただ、瀬野川のほとりで短い生涯を終えた名もなき女工がいた、という風の噂だけが残されている。

 

 

 

 

……現代。瀬野川のほとり。

かつて、紡績工場があった場所は、今では静かな住宅地へと姿を変えている。

 

川辺の公園で、子供たちが楽しそうに遊んでいる。

その一人の少女の髪に、赤いリボンが風に揺れていた。

 

歴史は、華やかな成功物語だけを記録する。

しかし、その礎の下には、ハツのように名もなきまま、その夢を、命を捧げた無数の人々がいた。

 

私たちは、その声なき声の上に今の平和な暮らしを築いている。

そのことを、決して忘れてはならない。

 

(第十三章:水音と糸車の唄 了)

第十三章「水音と糸車の唄」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

 

日本の近代化は、こうした多くの犠牲の上に成り立っていました。その光と影、両方を知ることこそが、歴史を知るということなのかもしれません。

 

さて、悲しい物語が続きました。

次なる物語は、少し趣向を変えて、一人の風変わりな文化人の足跡を追います。

 

次回から、新章が始まります。

**第十四章:乞食と俳句と瀬野の柿 ~種田山頭火、十六句の風景~**

 

「分け入っても分け入っても青い山」

自由律俳句の巨匠、種田山頭火。

彼が、放浪の旅の途中、この瀬野の地に足跡を残していました。

 

引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。

ブックマークや評価で応援していただけると、第十四章の執筆も頑張れます!

 

それでは、また新たな物語でお会いしましょう。

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