炎と鉄の鎮魂歌 第2話:戦国の注文
作者のかつをです。
第二章の第2話をお届けします。
主人公・宗近の元に、毛利家の武士が訪れ、彼の運命を左右する「注文」が突きつけられます。
ここから、彼の刀鍛冶としての誇りを懸けた戦いが始まります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ある日の昼下がり。
宗近が、研ぎ場で黙々と小刀の手入れをしていると、たたら場の入り口に、馬を乗りつけた一人の武士が立っていた。
上質な具足を身に着け、その佇まいは、そこらの地侍とは明らかに違う。鋭い眼光が、宗近を射抜くように見つめていた。
「ここが、大山鍛冶の仕事場か。棟梁は、おるか」
武士の声は、鞘から抜かれた刀のように、冷たく響いた。
宗近は、手を止め、静かに立ち上がった。
「いかにも。俺が、棟梁の宗近だ」
武士は、馬上から宗近を値踏みするように見下ろし、やがて満足したように頷いた。
「俺は、毛利家に仕える、杉原という者だ。若いが、良い目をしている。お主に、刀を一本、打ってもらいたい」
杉原と名乗る武士が懐から取り出した書状には、毛利輝元からのものとされる花押が記されていた。
内容は、簡潔かつ、あまりにも過酷なものだった。
「我が腹心の者に与える、特別な一振りを、来月の十五日までに、打ち上げよ」
ひと月。
たたら場で砂鉄から玉鋼を作り、それを鍛え上げ、一本の刀を完成させるには、あまりにも短い期間だった。通常の倍以上の速さで仕事を進めなければ、到底間に合わない。
「……それは、あまりにも。数打ち物では、ございませぬな?」
宗近が問うと、杉原は鼻で笑った。
「無論だ。俺が欲しいのは、そこらの足軽が持つような鉄の棒ではない。我が命を預けるに足る、魂のこもった一振りよ。できぬか?」
挑発するような、物言い。
宗近の心の奥で、何かが、カチリと音を立てた。
それは、職人としての、意地だったのかもしれない。
「……承知した。大山鍛冶の名に懸けて、必ずや、ご満足いただけるものを、打ち上げてみせよう」
杉原は、満足げに馬首を返すと、一言だけ言い残して去っていった。
「期待しているぞ、若き棟梁」
嵐のような来訪者が去った後、宗近は、一人、立ち尽くしていた。
無謀な注文。しかし、断ることはできなかった。
毛利家の威光は、絶対だ。そして何より、彼の職人としての誇りが、逃げることを許さなかった。
宗近は、炉の中に赤々と燃える炎を見つめた。
あの炎は、今や、自分自身の命の残り時間のように思えた。
彼の、孤独で、壮絶な戦いが、静かに幕を開けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦国時代、有力な刀鍛冶は、大名の庇護を受けることで、その技術を守り、発展させていきました。宗近に突きつけられた注文は、彼にとって、大きな好機であると同時に、失敗すればすべてを失いかねない、危険な賭けでもあったのです。
さて、あまりにも短い納期。
宗近は、父が遺したものを頼りに、この難題に挑みます。
次回、「父の教え、息子の迷い」。
刀を打つ意味を問い続ける、彼の葛藤が描かれます。
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