官立綿糸紡績工場の女工哀史 第3話:女工たちの部屋
作者のかつをです。
第十三章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、過酷な状況の中でも決して失われることのない、少女たちの友情と連帯を描きました。
どんな暗闇の中にも、希望の光はあるのだと信じて。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
地獄のような毎日。
ハツが、その過酷な労働に耐えられたのは、同じ部屋で暮らす仲間たちの存在があったからだった。
同じように、貧しい農村から身売り同然にこの工場へやってきた、十数人の少女たち。
年齢も、出身もバラバラ。
しかし、彼女たちは同じ屋根の下、姉妹のように寄り添い、支え合って生きていた。
中でも、ハツより二つ年上のキヨは、いつもみんなの中心にいた。
仕事の覚えも早く、監督にも物怖じせずに意見する、姉御肌の少女だった。
ある夜。
仕事の厳しさと望郷の念で、また布団の中でしゃくりあげていたハツ。
そんな彼女の肩を、キヨが優しく叩いた。
「ハツ。いつまでも泣いてるんじゃないよ。涙で、糸が紡げるかい」
キヨの声は、ぶっきらぼうだが温かかった。
「……だって。私、もうダメかもしれない。指は痛いし、監督には毎日怒鳴られて……」
「みんな、同じだよ」
キヨは、言った。
「ここにいる誰もが、故郷に帰りたいって思ってる。家族に会いたいって思ってる。でもな、泣いてたって何も変わらない。あたしたちにできるのは、歯を食いしばって一日一日を生き抜くことだけさ」
キヨは、自分の荒れてひび割れた手のひらをハツに見せた。
「見てみな。この手は、恥ずかしい手かい? あたしは、そうは思わないね。これは、あたしたちがこの国のために働いている、誇りの証だよ」
その力強い言葉に、ハツははっとした。
そうだ。自分は、何のためにここへ来たのか。
妹に、リボンを買ってやるため。
そして、家族の助けになるため。
ここで、泣き寝入りしているわけにはいかない。
その日から、ハツは変わった。
泣くのを、やめた。
そして、キヨに糸結びのコツを、必死で教わった。
夜、寄宿舎の部屋は、彼女たちの唯一の安らぎの場所だった。
監督の悪口を言い合ったり、故郷に残してきた想い人の噂話をしたり。
ささやかな恋の歌を、声を潜めて合唱することもあった。
そのつかの間の笑い声だけが、彼女たちのすり減っていく心を、かろうじて繋ぎ止めていた。
彼女たちは、一人ではなかった。
同じ痛みと夢を分かち合う、仲間がいた。
その事実だけが、明日へのか細い、しかし確かな光となっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
女工たちの間で歌われた「女工節」と呼ばれる唄には、故郷への想いや仕事の辛さ、そして監督への不満などが赤裸々に綴られています。唄は、彼女たちの魂の叫びだったのです。
さて、少しだけ前を向くことができたハツ。
そんな彼女に、ささやかなときめきが訪れます。
次回、「ささやかな夢」。
工場の厳しい日常の中に、小さな光が差し込みます。
物語の続きが気になったら、ぜひブックマークをお願いします!




