瀬野の列車脱線転覆事故の謎 第6話:封印された真相(終)
作者のかつをです。
第十二章の最終話です。
ついに、明かされる事故の真相。
それは、戦争という極限状態が生み出した、一つの悲しい喜劇でした。
この物語が、戦争のもう一つの側面を考えるきっかけになれば幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
満身創痍の、浩二と小林。
しかし、彼らの心は折れてはいなかった。
暴力による脅しは、むしろ彼らの確信を強めるだけだった。
この事故の裏には、絶対に隠さなければならない重大な秘密がある、と。
二人は、最後の望みを託し、呉の海軍工廠へと向かった。
事故現場から走り去ったという、謎のトラック。
その行き先であるこの場所に、必ず答えはあるはずだ。
小林は、憲兵という身分を使い、守衛の目をかいくぐり、工廠の資材置き場の記録を密かに手に入れた。
そして、浩二は鉄道員としての知識を総動員し、その膨大な記録の中から、一つの奇妙な記述を見つけ出した。
事故があった、まさにその日付。
「特殊削岩機、及び、資材一式、受領」
その、あまりにも場違いな記録。
「削岩機……? なぜ、海軍工廠にそんなものが」
浩二は、首を傾げた。
その時、小林の顔色がさっと変わった。
彼の脳裏に、軍の上層部だけで極秘に共有されている、ある噂が蘇ったのだ。
「……まさか。あの、噂は本当だったのか」
小林は、震える声で語り始めた。
海軍が、本土決戦に備え、極秘裏に開発を進めているという特殊兵器。
それは、敵の上陸を水際で食い止めるための「最終兵器」。
音響を利用して地盤を振動させ、人工的に大規模な「地滑り」を引き起こすという、恐るべき兵器。
その試作機が、極秘裏に山陽本線で輸送されていた。
そして、その最終実験が、あの嵐の夜、セノハチの急峻な地形を利用して行われたのではないか。
実験は、失敗。
意図しない大規模な地滑りが起き、走行中の自らの軍用列車を巻き込んでしまった。
それが、この事故の真相。
あまりにも荒唐無稽な、しかしすべての辻褄が合う唯一の答え。
ねじ曲がったレールも、隠蔽された積み荷も、そして陸軍と海軍の奇妙な連携も。
浩二は、言葉を失った。
自分たちが追い求めていた真実は、単なるサボタージュなどではなかった。
それは、自らの兵器の失敗によって自滅したという、あまりにも愚かで、そして悲しい軍部の暴走の結果だったのだ。
二人は、真実を掴んだ。
しかし、それを白日の下に晒すことはできなかった。
そんなことをすれば、自分たちだけでなく家族の命さえも危うくなる。
そして、何より彼らは知ってしまったのだ。
この国が、もはや正気の沙汰ではないということを。
戦争は、外の敵だけでなく、この国の内側をも静かに破壊し尽くしていた。
その、数ヶ月後。
日本は、敗戦を迎えた。
事故の真相は、歴史の大きなうねりの中に完全に飲み込まれ、封印された。
◇
……現代。瀬野。
かつて事故があった場所の近くを、新幹線が猛烈なスピードで走り抜けていく。
あの夜の悲劇を、記憶している者はもう誰もいない。
しかし、もしあなたがこの土地の歴史の闇に静かに耳を澄ませば。
聞こえてくるかもしれない。
戦争末期の狂気の中で、それでも真実を追い求めようとした、名もなき男たちの声なき声が。
(第十二章:闇に消えた軍用列車 了)
第十二章「闇に消えた軍用列車」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
もちろん、この物語で描かれた「真相」は、完全なフィクションです。しかし、記録に残されていないだけで、戦争末期の混乱の中では、私たちの想像を超える数多くの悲劇や事件が起きていたのかもしれません。
さて、重苦しい戦争の物語でした。
次なる物語は、時代を少し遡り、明治の近代化の光と影に迫ります。
次回から、新章が始まります。
**第十三章:水音と糸車の唄 ~官立綿糸紡績工場の女工哀史~**
近代化の華やかな象徴であった、紡績工場。
そのきらびやかな光の下で、夢を抱き、そして打ち砕かれていった、名もなき女工たちの物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十三章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




