瀬野の列車脱線転覆事故の謎 第5話:もう一つの戦争
作者のかつをです。
第十二章の第5話をお届けします。
今回は、真相に近づく主人公たちに組織からの非情な圧力が襲いかかる、緊迫した展開を描きました。
正義を貫くことの難しさと尊さ。それを、感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
浩二と小林の密かな捜査は、当然、憲兵隊の上層部の知るところとなっていた。
ある日の夜、小林は上官である隊長に呼び出された。
「小林。貴様、最近、嗅ぎ回っているそうだな。あの、列車事故のことを」
隊長の、氷のように冷たい声が部屋に響く。
「……はい。いくつかの、不可解な点が」
「やめろ」
隊長は、小林の言葉を遮った。
「これは、命令だ。この件から手を引け。これは、お前が首を突っ込んでいい領域ではない」
「しかし、法の下の正義は……」
「正義、だと?」
隊長は、嘲るように笑った。
「小林、今は平時ではない。戦時だ。この国を守るためには、時には汚れ仕事も必要になる。お前の青臭い正義感は、国を滅ぼすぞ」
その目は、もはや法の番人の目ではなかった。
ただ、ひたすらに組織の論理と国家の体面を守ろうとする、官僚の目だった。
小林は、何も言わずに部屋を後にした。
彼の心は、決まっていた。
ここで、引き下がるわけにはいかない。
しかし、その日から彼らへの圧力は、あからさまなものとなっていった。
浩二は、上司である駅長から呼び出され、厳しく叱責された。
「助役! 君は、自分の立場をわかっているのか! 軍に逆らって、我々鉄道省がどうなると思っているんだ!」
小林もまた、重要ではない書類整理の仕事ばかりを押し付けられるようになった。
二人とも、組織の中で完全に孤立していった。
そして、ある夜。
捜査のことで落ち合っていた浩二と小林の帰り道。
暗い夜道で、数人の覆面の男たちに襲われた。
「余計な、詮索はするな、という警告だ」
男たちはそう言うと、二人を容赦なく打ちのめした。
地面にうずくまりながら、浩二は思った。
自分たちは、一体何と戦っているのだろうか、と。
外の敵であるアメリカ軍だけでなく。
この国は、内側にももう一つの見えない「戦争」を抱えている。
真実を隠蔽しようとする者たちと、それを暴こうとする者たちとの、静かで、しかし血なまぐさい戦争を。
もはや、後戻りはできない。
彼らは、このもう一つの戦争に否応なく巻き込まれてしまったのだ。
そして、その戦いに勝利するためのたった一つの武器は、「真実」しかない。
浩二と小林は、ボロボロになった身体で互いの顔を見合わせ、固く頷き合った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦争という巨大な暴力装置は、時にその牙を内部の人間にも容赦なく向けます。この物語は、そんな戦争のもう一つの恐ろしい側面を描いています。
さて、満身創痍になりながらも決して諦めない二人。
彼らは、ついに事件の核心へとたどり着きます。
次回、「封印された真相(終)」。
第十二章、衝撃の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




