瀬野の列車脱線転覆事故の謎 第3話:憲兵の捜査
作者のかつをです。
第十二章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、主人公の元にもう一人のキーパーソンが現れ、物語が大きく動き始めます。
組織の論理よりも、個人の正義を信じる。そんな、二人の男の静かな共闘の物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
事故から、数日が過ぎた。
現場は何事もなかったかのようにきれいに片付けられ、列車は再び日常の音を立てて走り始めていた。
あの夜の出来事は、まるで悪夢だったかのようだ。
しかし、浩二の心の中の疑念の靄は、晴れることはなかった。
そんなある日の午後。
浩二の官舎の戸を、叩く者がいた。
そこに立っていたのは、一人の若い憲兵だった。
しかし、その男の雰囲気は事故現場で見た、横暴な憲兵たちとはどこか違っていた。
その目は知性の光を宿し、どこか苦悩の色さえ浮かんでいた。
「……助役殿ですな。少し、お話を伺ってもよろしいか」
男は、低い声でそう言った。
部屋に通された男は、小林と名乗った。
そして、単刀直入に切り出した。
「さっきの、列車事故のことです。公式には、天災による事故と発表されています。しかし、私はそうは思っていない」
その、あまりにも率直な物言いに、浩二は息を呑んだ。
味方なのか、それとも自分を試しているのか。
小林は、そんな浩二の心を見透かしたように、続けた。
「私は、軍人である前に一人の法を司る者でありたいのです。もし、この事故の裏に何か人為的な作為があったのだとしたら、それを明らかにしないわけにはいかない」
その真摯な瞳に、浩二は賭けてみることにした。
彼は、あの夜に見た不自然にねじ曲がったレールのことを、小林に話した。
「やはり、あなたも気づいておられましたか」
小林の目が、鋭く光った。
「あのレールは、事故の後すぐに軍のトラックでどこかへ運び去られてしまいました。証拠隠滅、としか思えません」
小林は、さらに驚くべき事実を浩二に告げた。
事故で亡くなった、機関士と機関助手。
彼らの遺体は、家族の元へも返されず、軍の施設で密かに火葬されてしまったのだという。
「……ひどすぎる」
浩二は、唇を噛んだ。
死者に鞭打つような、あまりにも非人道的な仕打ちだった。
「この事故の裏には、何か巨大な闇が隠されています」
小林は、静かに、しかし力強く言った。
「私は、その真相を突き止めたい。助役殿、どうかあなたの力を貸していただけないだろうか。鉄道員である、あなたにしか気づけないことがきっとあるはずだ」
浩二の心は、決まった。
このまま、見て見ぬふりをすることはできない。
鉄道員として、そして一人の人間として、死んでいった者たちの無念を晴らさなければならない。
彼は、小林の手を固く握り返した。
たった二人の、孤独な捜査が今、始まった。
敵は、あまりにも巨大な国家という名の怪物だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦争という極限状態の中にも、小林のように自らの良心に従って行動しようとした人々も、きっといたはずです。この物語は、そんな名もなき人々の小さな抵抗の物語でもあります。
さて、ついに真相究明へと乗り出した浩二と小林。
彼らは、まず事故現場の周辺で聞き込みを始めることにします。
次回、「住民たちの囁き」。
そこで、彼らは一つの奇妙な噂を耳にします。
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