瀬野の列車脱線転覆事故の謎 第1話:深夜の轟音
作者のかつをです。
本日より、第十二章「闇に消えた軍用列車 ~瀬野の列車脱線転覆事故の謎~」の連載を開始します。
今回は、戦争という大きな時代の闇を背景にした、ミステリー仕立ての物語です。
終戦間際、この瀬野の地で一体、何が起きていたのか。
歴史の闇に埋もれた一つの事件に、光を当てます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島市安芸区瀬野。この土地の近代史は、鉄道の歴史と共にある。
しかし、その光の歴史の陰には、語られることの少ない闇に葬られた悲劇もまた存在した。
昭和二十年四月二十四日、深夜。
終戦をわずか四ヶ月後に控えたこの日、瀬野駅のすぐ近くで一台の軍用列車が謎の脱線転覆事故を起こしたという、断片的な記録が残されている。
これは、戦争末期の混乱の中、闇に消えた列車の謎を追う、もう一つの戦争の物語である。
◇
昭和二十年四月二十四日、深夜。
瀬野の町は、深い闇と静寂に包まれていた。
空襲警報のサイレンだけが、人々の日常を脅かす不気味な存在だった。
瀬野駅の駅長官舎で、浅い眠りについていた助役の浩二は、突如叩きつけるような激しい雨音で目を覚ました。
春の嵐だった。
風が、家の窓をガタガタと揺らし気味の悪い唸りを上げている。
(ひどい嵐だ……。列車は、無事に走っているだろうか)
職業柄、そんな不安が胸をよぎる。
その時だった。
ゴゴゴゴゴッ! ドッシャーン!
地の底から響き渡るような、凄まじい轟音。
そして、鉄と鉄が激しくこすれ合い、引き裂かれるような耳をつんざく金属音。
家全体が、大きく揺れた。
「じ、地震か!?」
浩二は、布団から飛び起きた。
しかし、揺れはすぐに収まった。
嵐の音の向こう側で、何かが軋み崩れ落ちていくような不吉な音がまだ続いている。
彼の脳裏に、最悪の予感がよぎった。
この音は、知っている。
鉄道員なら誰もが聞きたくない、あの音だ。
彼は雨合羽を掴むと、嵐の中へと飛び出した。
駅のホームへと駆け上がると、目の前に信じられない光景が広がっていた。
駅の、すぐ西側。
下り線を走っていたはずの長い貨物列車が、まるで巨大な蛇が身をよじるようにくの字に折れ曲がり、脱線している。
何両もの貨車が、土手の下へと転がり落ち積み荷があたり一面に散乱していた。
機関車は、煙を吐きながら無残に横転している。
「……列車事故だ」
浩二は、呆然と呟いた。
しかし、その事故はただの事故ではなかった。
現場に駆けつけた、鉄道公安官の鬼のような形相がそれを物語っていた。
「全員、ここから離れろ! 何も見るな! 何も聞くな!」
「これは、軍の極秘任務だ! 民間人は、下がれ!」
そう、それはただの貨物列車ではなかった。
積み荷の中身も行き先も、一切が謎に包まれた「軍用列車」だったのである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十二章、第一話いかがでしたでしょうか。
この列車事故については、公式な記録がほとんど残されていません。だからこそ、そこには想像力を掻き立てられる多くの謎が眠っているのです。
さて、突如として起きた謎の列車事故。
その現場は、異様な空気に包まれていました。
次回、「緘口令」。
事故の真相は、徹底的に隠蔽されようとします。
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