炎と鉄の鎮魂歌 第1話:たたら場の煙
作者のかつをです。
本日より、第二章「炎と鉄の鎮魂歌 ~大山刀鍛冶、最後の一振り~」の連載を開始します。
今回の主役は、戦国の世、瀬野の地で名刀を生み出したとされる「大山鍛冶」。
その最後の末裔かもしれない、一人の若き刀鍛冶の葛藤の物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島市安芸区瀬野。その山あいの一角に、かつて「大山」と呼ばれた地区がある。
今では静かな住宅地が広がるこの土地に、遠い昔、鉄を打ち、刀を生み出す職人たちが暮らしていたことを知る人は少ない。
戦国の世、安芸国の有力な刀工集団として、その名を響かせた「大山鍛冶」。
これは、時代の荒波に翻弄されながらも、一振りの刀に己の魂を込めた、名もなき最後の刀鍛冶の物語である。
◇
天正の世。安芸国、瀬野の郷。
その奥深い山懐に、昼夜を問わず、白い煙を吐き出し続ける一角があった。
大山鍛冶の仕事場、「たたら場」である。
炎が燃え盛る炉の前に、一人の若者が、汗だくで立っていた。
名を、宗近という。
病で世を去った父の跡を継ぎ、このたたら場を守る、若き棟梁だった。
「棟梁、火の色が良うなってきました」
下働きの男の声に、宗近は無言で頷く。
彼の目は、神事のように揺らめく炎の色だけを、じっと見据えていた。
父から叩き込まれた、鉄の声を聞くための、ただ一つの作法。
鉄は、生き物だ。
火の色を読み、槌音を聞き、その機嫌を損ねぬよう、丹念に仕事をする。さすれば、鉄は、人の思いに応え、強靭で、美しい鋼へと姿を変える。
しかし、その鋼が生み出すものは、人を殺めるための「刀」だった。
宗近の心には、常に、一つの葛藤が渦巻いていた。
自分は、ただひたすらに、美しいものを創りたい。父がそうであったように、人の心を撃つような、魂のこもった一振りを。
だが、世が求めるのは、敵兵を効率よく斬り捨てるための、無個性な「数打ち物」ばかり。
村の若者たちが、次々と戦に駆り出されては、二度と帰ってこない。
自分が打った刀が、彼らの命を奪っているのかもしれない。
その思いが、槌を振るうたびに、彼の心を重く蝕んでいた。
(父上、俺は、何のために刀を打つのですか)
問いは、炎の中に吸い込まれ、答えは返ってこない。
それでも、彼は槌を振るう。
それが、大山鍛冶の棟梁として生まれた、彼の宿命だったからだ。
たたら場の煙は、まるで宗近の晴れぬ心の靄のように、瀬野の谷間を静かに漂っていた。
作者のかつをです。
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