「セノハチ」と瀬野機関区の男たち 第8話:最後のSL
作者のかつをです。
第十一章の第8話をお届けします。
今回は、蒸気機関車の最後の花道を描きました。
一つの時代が終わり、そして新しい時代が始まる。
その寂しさと、しかし温かい感動を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日、瀬野機関区はいつになく、多くの人々でごった返していた。
今日、この機関区から最後の蒸気機関車が、走り去る日なのだ。
沿線には、別れを惜しむ鉄道ファンや近隣の住民たちが、黒山の人だかりを作っている。
誰もがカメラを手に、その最後の勇姿を目に焼き付けようとしていた。
最後の後押し業務を任されたのは、健太だった。
そして、その隣の機関助士席には、意外な人物が座っていた。
鬼の、源さんである。
彼は電気機関車への転換を拒否し、この日限りで引退することを決めていた。
「俺の人生は、蒸気と共に終わる。電気箱なんぞに、魂は売れん」
それが、彼の最後の意地だった。
健太は、感無量だった。
自分が初めてこの機関室に乗った日。
源さんに怒鳴られ、殴られ、そして育てられたあの日々。
その最後の花道を、自分が機関士として務めることができる。
これ以上の誉れはなかった。
長い汽笛が、鳴り響いた。
別れの汽笛だった。
デゴニは、ゆっくりと最後の坂道へと挑み始めた。
健太は、これまでのすべての経験をこの運転に注ぎ込んだ。
まるで機関車と一体になったかのように、滑らかに、そして力強く坂を登っていく。
隣で、源さんが黙々と石炭をくべている。
その背中は、いつもより少しだけ小さく見えた。
やがて、峠の頂上にたどり着く。
八本松の駅には、ホームから溢れんばかりの人々がデゴニの到着を待っていた。
「ご苦労さん!」
「ありがとう、デゴニ!」
人々から、温かいねぎらいの声が飛ぶ。
健太は、機関室から顔を出した。
そして、目を見張った。
人垣の中に、車椅子に乗った正一の姿があったのだ。
彼は、はるばる故郷から、この最後の雄姿を見届けにやってきてくれたのだった。
正一は、涙でぐしゃぐしゃの顔で、健太に向かって何度も何度も手を振っていた。
健太の目から、熱いものがこみ上げてきた。
自分は、一人じゃなかった。
こんなにも多くの人々が、この黒い鉄の塊を愛し、支えてくれていたのだ。
ありがとう、デゴニ。
ありがとう、源さん。
そして、ありがとう、正一。
健太は感謝の気持ちを込めて、汽笛を一度だけ長く長く鳴らした。
その哀愁を帯びた響きは、瀬野の秋の空にいつまでもいつまでも吸い込まれていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
全国のSLファンが別れを惜しんで駅や沿線に殺到した、SLブーム。
それは、単なる懐古趣味ではなく、高度経済成長の中で失われつつある「古き良きもの」への、人々の愛惜の念の表れだったのかもしれません。
さて、一つの時代が終わりました。
瀬野機関区と健太は、どうなっていくのでしょうか。
次回、「煙の消えた町」。
新しい時代の光と影を、描きます。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




