「セノハチ」と瀬野機関区の男たち 第5話:友情とライバル
作者のかつをです。
第十一章の第5話をお届けします。
今回は、時代の変化の象徴である「電気機関車」の登場と、それに伴う男たちの心の揺らぎを描きました。
新しい技術は、常に古い技術を愛する者たちとの間に軋轢を生むのかもしれません。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
健太が機関士になってから、数年が経った。
彼は今や、瀬野機関区の若きエースとして誰もが一目置く存在となっていた。
そして、彼にはかけがえのない相棒がいた。
機関助手の、正一である。
正一は、健太よりも三つ年下。
少し気弱な所はあったが、真面目で仕事熱心な好青年だった。
健太は弟のように正一を可愛がり、自らが源さんから教わったすべての技術を惜しみなく彼に叩き込んだ。
「正一、圧が少し低いぞ! もっと腹から声を出せ!」
「すみません、健さん!」
そんなやり取りも、今では日常の風景となっていた。
二人が組むデゴニは、どんな悪天候でも決して坂に負けることはなかった。
彼らは機関区でも最高のコンビだと、誰もが認めていた。
しかし、そんな彼らの前に新しい、そして強力な「ライバル」が現れた。
それは、人間ではなかった。
「電気機関車」である。
ある日、機関区に一台の青い箱型の機関車が運び込まれてきた。
EF59形。
セノハチの後押し専用に改造された、新型の電気機関車だった。
煙を吐かず、石炭も水もいらない。
ただパンタグラフを上げ、架線から電気を取り込むだけで、デゴニを遥かに凌駕するパワーを生み出す。
若い機関士たちは、その近代的な姿に目を輝かせた。
「すげえな、あれなら石炭くべの地獄の苦しみから解放されるぞ」
「時代は、もう電気だ」
しかし、源さんや辰爺といったベテランの蒸気機関士たちは、苦々しい顔でその青い箱を睨みつけていた。
「あんなもん、機関車じゃねえ。ただの電気箱だ」
「鉄の魂が、こもっとらん」
健太の心も、複雑だった。
確かに、電気機関車の性能は素晴らしい。
しかし、あの蒸気機関車を生き物のように操る、職人技の喜びはそこにはない。
そして、何よりも彼は相棒である正一のことを案じていた。
電気機関車になれば、機関助手の仕事はなくなるのだ。
これまで二人で汗と煤にまみれて戦ってきた、あの機関室の仕事がなくなってしまう。
機関区の空気は、少しずつ変わろうとしていた。
蒸気機関車という古い時代への誇りと愛着。
そして、電気機関車という新しい時代への期待と戸惑い。
二つの相容れない感情が、男たちの心の中で渦巻き始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
セノハチの後押し運用が、蒸気機関車から電気機関車へと完全に置き換わったのは、1964年のことでした。それは、まさに日本の鉄道の動力近代化を象徴する出来事だったのです。
さて、新しい時代の到来に戸惑う健太たち。
そんな彼らに、追い打ちをかけるような悲しい事故が起きてしまいます。
次回、「脱線の記憶」。
セノハチのもう一つの恐ろしい顔が、牙を剥きます。
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