「セノハチ」と瀬野機関区の男たち 第3話:瀬野機関区の日常
作者のかつをです。
第十一章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、厳しい仕事の合間にある、鉄道員たちの日常の姿を描きました。
職人の世界特有の不器用で、しかし温かい人間関係を感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
八本松で列車から切り離されたデゴニは、下り坂を軽快に下り、再び瀬野機関区へと戻ってきた。
健太は、ようやく一息つけると思った。
しかし、源さんは機関車から飛び降りるなり、健太に怒鳴りつけた。
「健太! てめえ、今日の仕事は何点だと思ってるんだ!」
「……へい?」
「坂の途中で空転しかけただろうが! あれは、お前の石炭のくべ方が悪いからだ! 圧の管理がなってねえんだよ!」
源さんの容赦ない罵声が、機関区に響き渡る。
健太は何も言い返せず、ただ俯くしかなかった。
確かに、自分の未熟さが危機を招いたのかもしれない。
しかし、あんな極限状況で完璧にこなせという方が、無理な話ではないか。
悔しさと情けなさで、涙がこみ上げてきた。
そんな健太の肩を、ぽんと叩く者がいた。
機関区の最年長の機関士、辰爺だった。
「まあまあ、源。そのくらいにしといてやれ。誰だって最初はそんなもんだ」
辰爺はそう言うと、健太ににかりと笑いかけた。
「小僧、気にするな。源はな、口は悪いが誰よりもお前のことを期待してるんだ。だから厳しく当たる。それが、あいつの愛情表現よ」
その言葉に、健太は少しだけ救われた気がした。
瀬野機関区は、さながら一つの大家族のようだった。
源さんのような厳しい父親もいれば、辰爺のような優しい祖父もいる。
そして、健太と同じように夢と不安を抱える、兄弟のような若い機関助手たちが何人もいた。
仕事が終われば、彼らは機関区の脇にある小さな風呂で汗と煤を洗い流した。
そして、駅前の馴染みの酒場で車座になって酒を酌み交わす。
そこでは、仕事中の厳しい上下関係はない。
ただの鉄道を愛する男たちの、馬鹿話が飛び交うだけだった。
「今日の、お前の焚き方はなってなかったな!」
「源さんこそ、あのカーブの汽笛、下手くそでしたぜ!」
そんな他愛のないやり取り。
その厳しくも温かい日常の中で、健太は少しずつ鉄道員として、そして一人の男として成長していった。
憧れていた華やかな世界とは、少し違っていた。
しかし、ここには確かに男たちが命を懸けるに足る、熱い何かがある。
健太は、そう感じ始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
機関区は、鉄道員たちにとって単なる職場ではなく、生活のすべてが詰まった第二の我が家のような場所でした。そこには、現代の職場では失われつつある濃密な人間関係が、確かに存在していたのです。
さて、少しずつ職場に馴染んできた健太。
いよいよ彼が、一人前の機関士へと羽ばたく日がやってきます。
次回、「一人前の機関士」。
彼に、大きな試練が訪れます。
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