瀬野の名の起源、生石子神社の物語 第7話:恵みの雨と瀬野の始まり(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
一人の巫女の決断がいかにして村を救い、現代の私たちに繋がっているのか。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
イツセたちが去ってから、数日後のことだった。
あれほど憎らしかった太陽が厚い雲の向こうに隠れた。
そしてぽつりぽつりと、乾ききった大地に黒い染みを作る。
やがてそれは、ザーッという激しい音を伴う本降りの雨となった。
恵みの雨だった。
「雨だ! 雨が降ってきたぞ!」
村人たちが家から飛び出し、狂喜乱舞した。
空を見上げ両手を広げ、天からの恵みを全身で受け止める。
子供たちが久しぶりにできた水たまりの中を泥だらけになりながら、はしゃぎ回っていた。
干上がっていた畑が、田んぼが、命の水を得て生き返っていくようだった。
長老がずぶ濡れになりながらヒナタの前に進み出て、深く深く頭を下げた。
「ヒナタ様……。あなたの神託がこの村を救ってくださった。我々はあなた様を疑い、なんと愚かなことを……」
村人たちが次々と彼女に感謝の言葉を捧げる。
その瞳にはもう疑いの色はない。そこにあるのは若き巫女への絶対的な信頼と、心からの尊敬の念だけだった。
ヒナタは磐座の上に一人立ち、雨に打たれながらその光景を静かに見つめていた。
神の声は最後まで聞こえなかった。
この雨が本当に自分の神託のおかげなのかはわからない。
ただの偶然だったのかもしれない。
しかしもうどうでもよかった。
彼女はこの数日間で学んだのだ。
大切なのは天から聞こえる神の声を聞くことではない。
目の前にいる人々の声を聞き、その未来を信じ、自らの意志と責任で道を選び取ることなのだと。
それこそが土地に仕える巫女の、本当の役目なのだと。
いつしか人々は、この豊かな谷あいを「セノ」と呼ぶようになった。
傷つきし者を癒し、再び未来へと送り出す希望の「勢の地」として。
その名の響きと共に、一人の若き巫女の決断の物語は、この土地に生きる人々の中に永く永く受け継がれていった。
◇
……現代。生石子神社。
参拝を終えた一人の若者が境内を出て、丘の上から瀬野の町並みを眺めている。
雨上がりの澄んだ空には大きな虹がかかっていた。
この当たり前のように広がる風景。
その始まりに神話と人と土地が織りなす壮大な物語が眠っている。
そのことを思うと、自分が生まれ育った故郷の景色がいつもより少しだけ誇らしく、そして愛おしく見えた。
(第一章:磐座の巫女と東からの旅人 了)
第一章「磐座の巫女と東からの旅人」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
生石子神社は今も瀬野の町を見守るように静かに存在しています。この物語を読んで少しでも興味を持たれた方は、訪れてみてはいかがでしょうか。
さて、神話の時代から物語は一気に戦国の世へと移ります。
次回から、新章が始まります。
**第二章:炎と鉄の鎮魂歌 ~大山刀鍛冶、最後の一振り~**
戦乱の世、瀬野の地で名刀を生み出し続けた、知られざる刀鍛冶の一族がいました。
時代の波にのまれながらも己の技と誇りを、最後の一振りに込めた男の物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




