盗人岩の義賊伝 第6話:最後の宴
作者のかつをです。
第十章の第6話をお届けします。
今回は、主人公・権太と彼を捕らえた役人・橘との最後の対話を描きました。
敵でありながらも互いを認め合う、男たちの静かなドラマを感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
権太の処刑が、決まった。
盗賊団の首謀者として、打ち首、獄門。
最も重い罪だった。
処刑を明日に控えた、最後の夜。
牢の中に、意外な人物が訪れた。
鬼同心、橘だった。
その手には、小さな徳利と盃が握られている。
「……最後の、情けだ。一杯、やらんか」
権太は驚いて、橘の顔を見た。
あれほど冷徹に見えた男の目に、今はかすかな人間の情のようなものが浮かんでいた。
権太は、黙って盃を受け取った。
橘が、なみなみと酒を注ぐ。
「お前のような男が、なぜこんな道に足を踏み入れた」
橘は、静かに問うた。
権太は酒を一気に煽ると、ぽつりぽつりと語り始めた。
飢えた村のこと。
死んでいく子供たちのこと。
そして、自分たちが立てた三つの掟のこと。
すべてを聞き終えると、橘は大きなため息をついた。
「……そうか。お前たちにも、お前たちの『義』があったというわけか」
橘は自らの盃に酒を注ぎ、それを飲み干した。
「だがな、権太。世の中はそんなに甘くはない。お前たちのその青臭い正義が、通用するほどこの世は優しくはできてはおらんのだ」
「……わかっています」
権太は、力なく笑った。
「俺は、負けたんです。あんたに、そしてこの世の中にな」
「そうだ。お前は負けた。だが……」
橘は、言葉を続けた。
「見事な、負けっぷりだった。俺は、お前のような男が嫌いではない」
二人の間に、奇妙な静寂が流れた。
それは、敵と罪人という立場を超えた、一人の男と男の最後の対話だった。
やがて、橘は静かに立ち上がった。
「……さらばだ、権太」
その背中に、権太は声をかけた。
「橘様。一つだけ、お願いがあります」
「何だ」
「俺の首は、あの盗人岩の一番高い所に晒してくだせえ。俺がどんな末路を辿ったか、峠を行き交うすべての人間に見せしめになるように。そして、俺のような馬鹿が二度と現れんように……」
橘は何も言わずに、一度だけ振り返り、そして闇の中へと消えていった。
権太は一人、牢の中で静かに目を閉じた。
不思議と、心は穏やかだった。
これで、いいのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
処刑前の罪人に酒を振る舞う「別れの盃」は、武士の世界だけでなく庶民の世界でも行われることがあったそうです。そこには、法を執行する側の人間としての最低限の情けがあったのかもしれません。
さて、ついに最後の時を迎えた権太。
彼の義賊としての物語は、本当にここで終わりなのでしょうか。
次回、「岩に刻まれた伝説(終)」。
第十章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




