盗人岩の義賊伝 第5話:裏切り
作者のかつをです。
第十章の第5話をお届けします。
今回は、主人公・権太が仲間からの「裏切り」という、最も辛い現実に直面します。
そして、その絶望の中で彼が下した最後の決断。
彼の、義賊としての本当の強さを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
権太が意識を取り戻した時、彼は薄暗い土の牢の中にいた。
左腕の傷は激しく痛み、熱を持っていた。
しかし、それ以上に彼の心を苛んでいたのは、仲間たちの安否だった。
自分は、捕まった。
しかし、他の者たちは無事に逃げ延びたのだろうか。
数日が、過ぎた。
牢の扉が開き、あの鬼同心、橘が姿を現した。
その手には、数枚の紙が握られていた。
「権太、とやら。お前の、負けだ」
橘は冷たく言い放つと、その紙を牢の中に放り込んだ。
それは、仲間たちの罪状書だった。
逃げ延びたはずの仲間たちの名前が、そこにすべて記されていた。
「……なぜ」
権太は、かすれた声で呟いた。
「なぜ、他の者たちのことがわかった……」
橘は、嘲るように笑った。
「お前たちの仲間のうちの一人が、すべて吐いたのよ。自らの罪を、軽くしてもらうためにな」
裏切り。
そのあまりにも重い言葉が、権太の頭を殴りつけた。
信じられなかった。
共に誓いを立て、共に戦ってきた、あの仲間が。
「誰だ……。誰が、裏切ったんだ」
「それは、言えぬな。だが、お前も利口になることだ。お前がすべての罪を一人で被るというのなら、他の者たちは軽い罪で済ませてやらんでもない。どうする?」
それは、悪魔の囁きだった。
権太は暗い牢の中で、一人考え続けた。
裏切った仲間を、憎んだ。
しかし、それ以上に彼らをそこまで追い詰めてしまった、この世の中が憎かった。
誰も、好きで人を裏切るわけではない。
生きるために、必死だっただけなのだ。
そうだ。
すべての始まりは、自分だ。
自分が、彼らをこの道に引きずり込んだのだ。
ならば、終わりも自分がつけなければならない。
覚悟は、決まった。
翌日、彼は橘に向かって静かに告げた。
「すべて、俺が一人でやったことです。仲間たちは、俺に無理やり従わされただけ……」
それは、自らの命と引き換えに仲間たちの未来を守るための、彼の最後の「義」だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
江戸時代の裁判では、罪の重さを軽減するために仲間を売るという行為は、しばしば見られました。追い詰められた人間が、最後に選ぶ悲しい自己防衛だったのかもしれません。
さて、すべての罪を一人で被ることを決意した権太。
いよいよ、彼の最後の時が迫ります。
次回、「最後の宴」。
彼の、義賊としての誇りを描きます。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




