盗人岩の義賊伝 第4話:月夜の襲撃
作者のかつをです。
第十章の第4話をお届けします。
今回は、義賊たちの前に最大の敵である「役人」が登場し、物語は一気にシリアスな展開へと向かいます。
順風満帆だった彼らの、最初の、そして決定的な敗北を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
権太たちの「義賊」としての働きは、飢えた村人たちにとってはまさに恵みの雨だった。
彼らが闇に紛れて村に届けに来る米や金は、多くの、か細い命を繋ぎ止めていた。
村人たちは彼らを「峠の天狗様」と呼び、密かに感謝の祈りを捧げた。
しかし、その一方で。
広島藩の役人たちにとって、彼らは許しがたい体制への反逆者だった。
藩の威信にかけて、必ず捕縛せねばならないお尋ね者。
奉行所に、特別に腕利きの同心たちが集められた。
そして、彼らを率いる一人の男が任命された。
名を、橘右近という。
かつて江戸で、鬼同心と恐れられた切れ者だった。
橘は、まず徹底的な情報収集から始めた。
峠の地形、盗賊たちの手口、そして被害に遭った商人たちの証言。
それらを、一つ一つ丹念に繋ぎ合わせていく。
そして、彼は一つの結論に達した。
「この盗賊、ただのならず者ではない。背後に手引きをする者がいる。おそらくは麓の村の者であろう」
彼の冷徹な目は、事件の核心を見抜きつつあった。
ある、月の美しい夜。
権太たちはいつものように、奪った米俵を村へと運んでいた。
その日はこれまでにない大収穫だった。
これで村の子供たちも腹いっぱい飯が食える。
仲間たちの足取りも軽かった。
しかし、権太だけは胸騒ぎを覚えていた。
あまりにも静かすぎる。
いつも聞こえてくるはずの虫の音さえ聞こえない。
まるで山全体が息を殺しているかのようだった。
その予感が的中したのは、村の入り口の古い地蔵堂にさしかかった時だった。
闇の中から、十数本の松明の火が一斉に灯された。
「御用だ! 神妙に、お縄につけい!」
橘の鋭い声が、夜の静寂を切り裂いた。
完全に、包囲されていた。
「……ちくしょう!」
権太は叫んだ。
「お前ら、逃げろ! ここは、俺が食い止める!」
彼は棍棒を構え、役人たちの前に立ちはだかった。
しかし、多勢に無勢。
そして相手は、人を斬ることに何の、ためらいもないプロの集団だった。
一人の若者が、刀を抜いた橘に斬りかかろうとした、その瞬間。
権太は、その若者を突き飛ばした。
そして自らの身体を盾にするように、橘の刃の前に躍り出た。
閃光が、走った。
権太の左腕から、真っ赤な血が噴き出した。
「ぐあっ!」
激痛に膝をつく権太。
その目に最後に映ったのは、駆けつけた父の絶望に満ちた顔だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
江戸時代の犯罪者の取り締まりは、同心や岡っ引きといったプロフェッショナルたちによって、非常に組織的に行われていました。特に、江戸で名を馳せた同心は、地方に出向してもその手腕を発揮したことでしょう。
さて、ついに捕らえられてしまった権太。
仲間を庇い、深手を負った彼の運命は。
次回、「裏切り」。
彼は、さらに深い絶望の淵へと突き落とされます。
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