盗人岩の義賊伝 第2話:峠の掟
作者のかつをです。
第十章の第2話をお届けします。
今回は、主人公たちが「義賊」としてのアイデンティティを確立していく、その過程を描きました。
彼らが自らに課した「掟」。そこに、彼らの譲れない矜持が込められています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
大山峠の中腹にそびえる、盗人岩。
その巨大な岩陰は、街道を見下ろす絶好の隠れ場所だった。
権太と数人の若者たちは、そこを根城と定めた。
しかし、彼らはまだ本当の盗賊ではなかった。
ただの鍬や鎌を持った、百姓の集まり。
その心には、人を傷つけることへの恐怖とためらいがあった。
最初の「仕事」は、散々なものだった。
通りかかった小太りの商人を皆で取り囲んだはいいが、誰一人凄むことができない。
逆に、商人に「お前ら、こんな所で何をしておるか!」と一喝され、すごすごと引き下がる始末だった。
「……これでは、ダメだ」
その夜、焚火を囲みながら、権太は仲間たちに言った。
「俺たちには覚悟が足りねえ。そして、何より掟がねえ」
権太は仲間たちと、夜を徹して語り合った。
俺たちは、何のためにここにいるのか。
ただの追い剥ぎに、成り下がるためではないはずだ。
そして、彼らは自らに三つの厳しい掟を課すことを誓い合った。
一つ。
俺たちが狙うのは、私腹を肥やす悪徳商人や、威張り散らした武士のみ。
貧しい旅人や巡礼者からは、決して一銭たりとも奪ってはならない。
二つ。
決して人を殺めない。傷つけない。
俺たちの目的は金品を奪うことだけ。無益な殺生は、厳にこれを慎む。
そして、三つ。
奪った金品はすべて、飢えに苦しむ村の者たちのために使うこと。
決して、私利私欲のために使ってはならない。
「俺たちは、義賊だ」
権太は、力強く宣言した。
「世の中の法から見捨てられた者たちを救うのが、俺たちの仕事だ。そのことを、一瞬たりとも忘れるな」
その言葉に、若者たちの目に再び光が宿った。
そうだ。俺たちは、悪党じゃない。
この腐った世の中を、少しでも正すために立ち上がったのだ。
彼らの心は、一つになった。
もはや、そこにためらいはなかった。
翌日から、彼らの「仕事」は見違えるように、鮮やかなものとなっていく。
盗人岩の義賊の噂は、やがて旅人たちの間で囁かれるようになった。
ある者は彼らを鬼か蛇のように恐れ、またある者は彼らを救いの神のように噂した。
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「義賊」の物語は、古今東西、数多く存在します。イギリスのロビン・フッド、日本の石川五右衛門や鼠小僧。圧政に苦しむ民衆が、ヒーローを求めたその心の表れなのかもしれません。
さて、ついに本格的な活動を始めた権太たち。
彼らの、鮮やかな「仕事」が始まります。
次回、「奪う者、奪われる者」。
峠道で、痛快な活劇が繰り広げられます。
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