盗人岩の義賊伝 第1話:飢えた村
作者のかつをです。
本日より、第十章「盗人岩の義賊伝 ~山賊岩伝説異聞~」の連載を開始します。
今回の主役は、大山峠の伝説に登場する「盗賊」。
彼らは、本当にただの悪党だったのか。それとも、時代が生み出した悲しき英雄だったのか。
そんな、歴史のifに迫ります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
西国街道、大山峠。その険しい道の途中に、旅人たちから「盗人岩」と呼ばれ恐れられた巨大な岩が、今もその姿を残している。
この岩には、かつて旅人を襲う山賊が棲みついていたという、物騒な伝説が残されている。
しかし、もしその盗賊たちがただのならず者ではなく、圧政に苦しむ人々を救うための「義賊」であったとしたら――。
これは、歴史の闇に埋もれた名もなき反逆者たちの、もう一つの物語である。
◇
天保の世。日本中が、飢饉と一揆の嵐に覆われていた頃。
瀬野の郷も、例外ではなかった。
長雨と冷害で作物は凶作。年貢の取り立ては、ますます厳しくなるばかり。
村人たちの顔からは笑顔が消え、誰もが明日の食い扶持にさえ困窮していた。
庄屋の納屋から米俵を盗み出した男が、役人に捕縛された。
男の名は、権太。村一番の力自慢で、困った者を見過ごせない義侠心に厚い若者だった。
「なぜ、こんなことを!」
駆けつけた、村の名主である父に、権太は涙ながらに訴えた。
「隣のおさよの家の子が、もう何日も何も食うとらんのです! このままでは飢え死にしてしまう! なのに庄屋の蔵には、年貢米が山と積まれている! これが人の道ですか!」
「馬鹿者!」
父は、息子を張り倒した。
「気持ちはわかる。わしだって悔しい。じゃが、お上が定めた法を破って何になる。お前まで牢に入れられたら、この村はどうなるのだ」
父は役人に何度も頭を下げ、なけなしの金を渡し、なんとか権太を許してもらった。
その夜。
権太は一人、月明かりの下で大山峠を見上げていた。
あの峠の向こうには、裕福な商人や武士たちが何不自由なく暮らしている。
そして自分たちの村は、今まさに死にかけている。
この、理不尽な世の中。
弱い者が、ただ黙って飢え死にしていくのを待つしかないのか。
(……いや、違う)
権太の目に、ギラリと鋭い光が宿った。
法が俺たちを守ってくれないのなら、俺たちが俺たちのやり方で生き抜くしかない。
彼は、村の食い詰めた若者たちに声をかけた。
皆、権太と同じように、世の中へのどうしようもない怒りを胸に燻らせていた者たちだ。
「お前ら、このまま黙って死ぬのを待つのか。それとも、俺と来るか」
権太のその一言が、彼らの心に火をつけた。
彼らは鍬や鎌を手に、権太の後についていった。
目指すは、大山峠。
あの、旅人たちから恐れられている、「盗人岩」へ。
彼らは、もはやただの農民ではなかった。
世の中から見捨てられた者たちが、自らの手で正義を掴むための、小さな、しかし覚悟を決めた反逆者たちの集団へと姿を変えようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十章、第一話いかがでしたでしょうか。
天保の大飢饉は、江戸時代を通じて最大規模の飢饉であり、日本各地で百姓一揆や打ちこわしが頻発しました。権太たちの行動も、そうした時代の大きな流れの中にあったのかもしれません。
さて、ついに義賊となる決意をした権太と若者たち。
しかし、人を襲い物を奪うことは決して、たやすいことではありませんでした。
次回、「峠の掟」。
彼らは、自らに厳しい掟を課します。
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