瀬野の名の起源、生石子神社の物語 第6話:東への旅立ち
作者のかつをです。
第一章の第6話、別れの場面です。
出会いがあれば必ず別れがある。
名残惜しいですが、イツセたちの新たな旅の始まりです。
残されたヒナタの心境と物語の終わりを予感させる情景を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
夜が明けた。
東の空が暁の色に染まり始めている。
イツセの一団が旅支度を整え、村の広場に集まっていた。
彼らの顔にはもう迷いの色はない。皆、希望に満ちあふれていた。
村人たちが別れを惜しむように、彼らを取り囲んでいた。
女たちは干した木の実や焼いた魚を布に包んで渡し、男たちは力強く彼らの肩を叩いた。
短い間だったがそこには確かな絆が生まれていた。
ヒナタは村の入り口、大きな榎の木の下に立ち静かにその光景を見つめていた。
嬉しいはずなのに、なぜか胸の奥がちくりと痛んだ。
やがてイツセが彼女の前に進み出た。
「巫女殿。世話になったな。この土地のこともお前のことも、我らは決して忘れん。達者でな」
それは短い別れの言葉だった。
しかしその一言に彼のすべての感謝の念が込められていた。
ヒナタはこくりと頷いた。
何か言葉を返そうとしたが喉が詰まって声が出なかった。ただ懐から取り出した小さなお守りを彼に差し出した。磐座の石のかけらを麻の布で包んだものだった。
イツセはそれを受け取ると力強く頷き、仲間たちに向き直って叫んだ。
「行くぞ! 我らの国を創るために!」
「応!」という大地を揺るがすような雄叫びが瀬野の谷にこだました。
彼らは朝日が昇る東の空へと、力強い足取りで歩き始めた。
その背中が丘の向こうに小さく見えなくなるまで、ヒナタはただじっと立ち尽くしていた。
彼らの旅の先に何が待ち受けているのか知る由もない。
しかしヒナタは確信していた。
彼らがこの地に蒔いていった希望の種は、必ず芽吹くと。
そして自分自身もまた彼らから大きなものを受け取ったのだと。巫女としての本当の役目を。
風が彼女の頬を優しく撫でた。
その風は土の匂いと共に、どこか湿った水の匂いを運んできているような気がした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
日本神話ではこの後、五瀬命はさらに東へ進んだ紀伊国で傷がもとで亡くなったとされています。彼の夢は弟である神武天皇に引き継がれることになります。
さて、イツセたちが去った村。
ヒナタが下した「神託」は、果たして本当に村を救うことになるのでしょうか。
次回、「恵みの雨と瀬野の始まり(終)」。
第一章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




