広島藩御用達・瀬野の油搾り 第4話:ライバルの影
作者のかつをです。
第八章の第4話をお届けします。
今回は、主人公たちの前に立ちはだかる、「ライバル」の存在を描きました。
どんな世界にも、こうした商売上の駆け引きや、嫉妬が渦巻いていたのかもしれません。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
吉兵衛の油が、藩の御用達となったという噂は、すぐに同業者たちの間に広まった。
その多くは、彼らの成功を祝福してくれた。
しかし、中にはその成功を妬み、快く思わない者もいた。
城下の、大手油問屋「播磨屋」である。
播磨屋は、これまで藩の油を一手に引き受けてきたいわば、この界隈の顔役だった。
瀬野の、田舎の、名もなき油屋が自分たちの縄張りを荒らすことが許せなかったのだ。
ある日、正吉が一人で店番をしていると、播磨屋の番頭だという狡猾そうな顔の男がやってきた。
「よう、若いの。親父殿は、おるかな」
男は、馴れ馴れしい態度で店に入ってきた。
「父は、今、出かけておりますが……」
「そうか。まあ、いい。お主でも、話は同じだ」
男はにやりと笑うと、本題を切り出した。
「お主らの油、うちでまとめて買い取ってやろう。そうすればお主らは藩に直接納める手間も省ける。悪い話ではあるまい」
それは、一見すると親切な申し出のように聞こえた。
しかし、その裏にある本当の狙いを、正吉は見抜いていた。
これは、自分たちの油を播磨屋の支配下に置こうというたくらみだ。
そうなれば、買い取りの値段も播磨屋の言い値になってしまうだろう。
「……お気持ちはありがたいですが、その話はお断りいたします。俺たちは自分たちの手で、責任をもって藩に油をお納めしたいのです」
正吉が、きっぱりと断ると、男の顔色が変わった。
「ほう……。田舎者の分際で、この播磨屋の申し出を断るというのか。後でどうなっても、知らんぞ」
男は、捨て台詞を残して去っていった。
その日から、嫌がらせが始まった。
彼らの油を城下まで運ぶ、荷馬車の邪魔をしたり。
彼らの、菜種の仕入れ先に圧力をかけたり。
さらには、「あの油には水が混ぜてある」などという根も葉もない噂を流したり。
正吉は、悔しさに唇を噛んだ。
正直に、良いものを作っているだけなのに。
なぜ、こんな汚い真似をされなければならないのか。
父の吉兵衛は、そんな正吉を見て静かに言った。
「正吉。これが、商売というものだ。良いものを作れば必ずそれを妬む者が出てくる。だがな、俺たちは小手先の真似はせん。ただ、ひたすらにこれまで以上に良い油を作るだけだ。本物は、必ず最後に勝つ。そう、信じろ」
父の、その揺るぎない言葉に、正吉は顔を上げた。
そうだ。自分たちは、下を向いている暇などない。
自分たちの仕事で、見返すしかないのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
江戸時代の商人の世界は、「信用」が何よりも重視される社会でした。吉兵衛のように実直な仕事で信用を勝ち取る者もいれば、播磨屋のように権力や策略で市場を支配しようとする者もいたことでしょう。
さて、ライバルからの卑劣な嫌がらせ。
しかし、彼らの運命をさらに大きく揺るがすものが、海の向こうからやってきます。
次回、「黒船が運んだ油」。
時代の大きな嵐が、瀬野の小さな水車にまで迫ります。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!




