間宿「出見世」の茶屋看板娘 第7話:私の見てきた景色(終)
作者のかつをです。
第七章の最終話です。
時代の変化と共に、その役目を終えていく一つの場所。
主人公・おはなの一生を通じて、街道の栄枯盛衰を描きました。
少し寂しい結末ですが、そこにあった人々の確かな営みを感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
長い、長い動乱の時代が終わった。
世は、明治という新しい時代を迎えた。
しかし、新しい時代の到来は、出見世の宿場町に静かな終わりの始まりを告げるものだった。
街道のすぐ脇を、黒い鉄の塊が煙を吐きながら走り抜けていくようになったのだ。
「汽車」である。
人々は、もはや何日もかけて街道を歩かなくなった。
汽車に乗れば、これまで一日がかりだった道のりも、ほんの数時間でたどり着ける。
西国街道は、その役目を終えようとしていた。
出見世の茶屋を訪れる旅人の数は、日に日に減っていった。
あれほど賑やかだった宿場町は、まるで火が消えたように静まり返っている。
一軒、また一軒と、茶屋がその暖簾を下ろしていった。
おはなも、もう看板娘と呼べる年ではなかった。
白髪の混じる髪を結い上げ、彼女は一人寂しくなった店先で客を待っていた。
父の源助は、数年前に世を去っていた。
ある晴れた日の午後。
おはなは店の縁側に座り、静かになった街道をぼんやりと眺めていた。
彼女の脳裏に、これまでの数十年間の光景がまるで走馬灯のように蘇ってきた。
きらびやかな大名行列。
その中で優しく微笑んでくれた若武者の顔。
杖を頼りにひたすら歩き続けた老夫婦の小さな背中。
雨の軒先で猫に餌をやっていた影のある浪人。
そしてこの国の未来を憂い、足早に駆け抜けていった数多の志士たち。
嬉しいことも悲しいこともたくさんあった。
多くの出会いと別れがあった。
自分は、ただこの茶屋から一歩も出ずに生きてきた。
しかし、自分はこの場所で見ていたのだ。
この国の歴史が動くその瞬間を。
この道の上を通り過ぎていった、無数の人々の人生を。
そう思うと、自分の人生も決して空っぽではなかったと思えた。
「……いらっしゃいませ」
一人の旅人が、店の前で足を止めた。
おはなはゆっくりと立ち上がり、いつものように優しい笑顔で客を迎えた。
私の見てきたこの景色。
それこそが、私の人生そのものなのだ。
彼女は、静かにそう思った。
◇
……現代。出見世地区。
かつての茶屋の面影は、もうどこにもない。
ただ、アスファルトの道の脇に古い道標が一つ、ぽつんと残されているだけ。
しかし、もしあなたがその道標の前で静かに目を閉じれば。
聞こえてくるかもしれない。
遠い江戸の昔、この場所で行き交う人々の賑やかな声と、一杯の茶に心を癒された旅人たちの安堵のため息が。
(第七章:大名の背中、旅人の笑顔 了)
第七章「大名の背中、旅人の笑顔」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
明治になり鉄道が開通したことで、江戸時代に栄えた多くの宿場町がその役割を終え、衰退していきました。瀬野の出見世も、そんな時代の変化の波に洗われた場所の一つでした。
さて、街道の華やかな物語でした。
次なる物語は、同じく江戸時代ですが、今度はものづくりの職人の世界に光を当てます。
次回から、新章が始まります。
**第八章:水車の音は消えず ~広島藩御用達・瀬野の油搾り~**
瀬野川の豊かな水を利用して、暮らしの灯りである「油」を作っていた職人たちがいました。
彼らの誇りと、そして時代の変化に消えていった水車の音の物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第八章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




