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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第1部:古代・中世編 ~神々と武士たちの足跡~
5/80

瀬野の名の起源、生石子神社の物語 第5話:背の地、勢の地

作者のかつをです。

第一章の第5話です。

 

物語のクライマックス。

ついに「瀬野」という地名の由来になったとされる、二つの伝説が語られます。

一人の旅人がこの土地に与えた「名」の物語です。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

幾日かが過ぎ、イツセの腕の傷はすっかり癒えた。

彼の仲間たちもまた村人たちの温かいもてなしを受け、長旅の疲れを取りその顔には生気が戻っていた。

 

旅立ちの前夜。

イツセはヒナタを磐座の下へと呼び出した。

満月が巨大な岩肌を青白く照らし、周囲には虫の音が静かに響いている。

 

「巫女殿。この度の恩、生涯忘れぬ」

 

イツセは深々と頭を下げた。

その表情にはここへ来た時のような悲壮感はなく、未来を見据える力強い決意だけがみなぎっていた。

 

「最初にここへ来た時、私はこの地を『背の地』と呼んだ」

 

イツセは天を仰ぎ、静かに語り始めた。

 

「敵に背を向け、敗走してきた場所。これ以上進めず、しばし羽を休めるためだけの後ろ向きの土地。正直に言えばそう思っていた。我らの旅もここまでかと…」

 

ヒナタは黙ってその言葉を聞いていた。彼の声には敗者の屈辱が滲んでいた。

 

「だが、それは間違いだった」

 

イツセは顔を上げ、ヒナタを真っ直ぐに見つめた。その瞳は月の光を反射して強く輝いていた。

 

「ここはただ傷を癒す場所ではない。お前たちの温かい心とこの土地の力のおかげで、我々は再び立ち上がり前へ進むための大きな力を得ることができた。仲間たちの目に再び闘志の火が灯った。我らにとってここは希望への『勢の地』となったのだ」

 

勢の地――セノチ。

 

その力強い響きがヒナタの胸に温かく染み渡った。

自分の下した決断がこの人々の心を救った。その事実が彼女に巫女としての、そして一人の人間としての静かな誇りを与えてくれた。

 

「いつか我らが夢を成し遂げたなら、必ずやこの恩に報いよう。そしてこの『勢の地』の名を後世に語り継いでいこう。我らが絶望の淵から再起を誓った、始まりの場所として」

 

それはイツセがこの土地とヒナタに贈る、最大級の賛辞だった。

敵に背を向けた場所が勢いを盛り返す場所へと変わる。

「瀬野」という地名に込められた二つの意味が今、この瞬間に一つになったのだ。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

「背」「勢」という二つの由来伝説は、実際に瀬野の郷土史に伝えられています。この物語では、その二つをイツセの心境の変化としてドラマチックに描いてみました。

 

さて、土地に新たな名を与え再起を誓ったイツセ。

いよいよ別れの時が迫ります。

 

次回、「東への旅立ち」。

彼らの未来に何が待ち受けるのか。そして残されたヒナタは。

 

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