間宿「出見世」の茶屋看板娘 第2話:参勤交代の行列
作者のかつをです。
第七章の第2話をお届けします。
今回は、江戸時代の象徴的な風景である「参勤交代」を、茶屋の娘の視点から描きました。
遠い存在であった武士とのささやかな心の交流。そんな一期一会を、感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その日の出見世は、朝からいつもとは違うそわそわとした空気に包まれていた。
年に一度、安芸広島藩の参勤交代の行列が、この西国街道を通る日なのだ。
「おはな、ぼさっとするな! 殿様がお通りになる前に、道の掃除を済ませておけ!」
父・源助の声も、いつもより上ずっている。
おはなは、他の茶屋の者たちと共に一生懸命に道の小石を拾い、掃き清めた。
沿道には、一目殿様の行列を見ようと、近隣の村々から多くの見物人が集まってきている。
子供たちが、まだかまだかとはしゃぎ回っていた。
やがて、道の向こうから地鳴りのような音が聞こえ始めた。
「来たぞ!」
誰かが叫ぶ。
先頭を歩く、毛槍を担いだ奴を先頭に、延々と続く武士の列。
その数、実に数百人。
きらびやかな衣装、整然と揃った足並み、そしてピンと張り詰めた緊張感。
普段目にすることのない圧倒的な光景に、おはなは息を呑んだ。
行列が、茶屋の前で小休止を取った。
馬に乗った、身分の高そうな武士たちが供の者に茶を運ばせている。
おはなも父と共に、お盆に茶を乗せて武士たちの元へと運んだ。
怖くて、顔を上げることもできない。
ただ、その鎧兜の冷たい輝きと汗の匂いだけが、生々しく感じられた。
その時だった。
一人のまだ若い武士が、ふとおはなに声をかけた。
「そなたの店の握り飯は、うまいと評判だな。一つ、もらえぬか」
おはなは驚いて顔を上げた。
日に焼けた精悍な顔。しかし、その目元は驚くほど優しかった。
「は、はい! ただいま!」
慌てて店に戻り、一番大きな握り飯を竹の皮に包む。
それを若武士に渡すと、彼はにこりと笑って言った。
「かたじけない。江戸での務めは辛いことばかりだが、この握り飯があれば乗り切れそうだ」
そして、彼は行列と共に去っていった。
おはなは、その場にしばらく立ち尽くしていた。
胸が、ぽかぽかと温かかった。
あのきらびやかな行列の中にも、自分たちと同じ人の心を持った人がいる。
そして自分の作った握り飯が、その人の小さな支えになるのかもしれない。
そう思うと、自分の仕事がたまらなく誇らしく思えた。
彼女は、行列が見えなくなるまでその背中をずっと見送っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
参勤交代は、大名にとっては莫大な費用がかかる大変な行事でした。しかし、その道中の宿場町にとっては大きな経済効果をもたらす、年に一度の一大イベントでもあったのです。
さて、華やかな大名行列が過ぎ去った後。
今度は、質素な身なりのもう一つの「行列」が茶屋を訪れます。
次回、「お伊勢参りの老人」。
庶民の、ささやかな祈りの旅に光を当てます。
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