間宿「出見世」の茶屋看板娘 第1話:出見世の朝
作者のかつをです。
本日より、第七章「大名の背中、旅人の笑顔 ~間宿「出見世」の茶屋看板娘~」の連載を開始します。
今回の主役は、江戸時代、西国街道の茶屋で働いていた看板娘「おはな」。
彼女の、温かい視点を通して、街道の賑わいと、そこを行き交う人々の、人間模様を描いていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
国道2号線、瀬野と中野の間に「出見世」という地名が今も残る。
かつて西国街道がここを通り、公式な宿場である海田市宿と西条四日市宿の中間にあったこの場所は、「間宿」として多くの茶屋が軒を連ね、旅人たちの草鞋を休める憩いの場として栄えていた。
これは、その賑わいの中心で、行き交う人々の背中を見つめ続けた一人の茶屋の娘の物語である。
◇
宝暦の世。瀬野の郷、間宿「出見世」。
朝日が、大山峠の稜線を黄金色に染め始める頃、茶屋「やまぶき」の看板娘おはなの一日は、かまどに火を入れることから始まる。
「おはな、湯が沸いたぞ。店の前の打ち水、頼むな」
厨房から、父である源助の野太い声が飛ぶ。
「はい、父上!」
おはなは元気よく返事をすると、桶に汲んだ水を土間に勢いよく撒いた。乾いた土の匂いが、ふわりと立ち上る。
彼女の店「やまぶき」は、この出見世の中でも特に旅人たちに人気の茶屋だった。
源助が淹れる少し濃いめの茶と、おはなが作る塩気の効いた握り飯が評判なのだ。
店を開けると、すぐに客がやってきた。
東へ向かう行商人の一座。西へ向かう、伊勢参りの帰りだという老夫婦。
「おはなちゃん、今日もべっぴんさんじゃのう」
「お握り、一つもらおうか。ここのは力が湧いてくるからのう」
おはなは、愛想よく笑いながら手際よく茶を注ぎ、握り飯を包んでいく。
彼女にとって、この茶屋の店先から見える景色が世界のすべてだった。
毎日毎日、様々な人々がこの道を通っていく。
重い荷を背負った飛脚が、汗まみれで駆け抜けていく。
きらびやかな衣装を纏った旅芸人の一座が、陽気に唄いながら通り過ぎていく。
時には、訳ありげな浪人風の男が、黙って茶をすすり足早に去っていくこともあった。
彼らは、どこから来てどこへ行くのだろう。
どんな人生を、背負っているのだろう。
おはなは、客の背中を見送りながらいつもそんなことを考えていた。
この道は、たくさんの人生を乗せて未来へと続いているのだ。
自分は、その壮大な旅のほんのささやかな中継点。
そう思うと、この仕事がたまらなく愛おしく思えるのだった。
「さあ、今日も一日、頑張りますか!」
おはなは、きゅっと手ぬぐいを締め直した。
出見世の、賑やかで活気に満ちた一日が今、始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第七章、第一話いかがでしたでしょうか。
「間宿」は、幕府非公認の休憩施設でしたが、旅人にとってはなくてはならない重要な存在でした。瀬野の「出見世」も、そうした場所の一つとして大いに賑わったと伝えられています。
さて、看板娘おはなの、穏やかな日常。
しかし、ある日、この出見世に年に一度の特別な喧騒がやってきます。
次回、「参勤交代の行列」。
おはなは、時代の華やかな一面を目の当たりにします。
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