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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第1部:古代・中世編 ~神々と武士たちの足跡~
39/90

西国街道・大山峠と瀬野馬子唄 第5話:口ずさむ旋律

作者のかつをです。

第六章の第5話をお届けします。

 

今回は、物語のもう一つの主役である「瀬野馬子唄」が、いかにして生まれたのか、その原初の瞬間を創作してみました。

唄は、人々の言葉にならない想いから生まれるのかもしれませんね。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

茶屋で、束の間の休息を取った後。

清太は、再び黒王の手綱を曳き、帰路についた。

日は、すでに西の山に傾きかけている。

 

峠道は、行きよりも帰りの方が寂しかった。

荷を降ろし、身軽になったはずなのに、心は鉛のように重い。

 

源爺の言葉が、何度も頭の中で反響する。

(そろそろ、楽にさせてやる時期……)

 

わかっている。

黒王を、これ以上無理やり働かせるのは酷だ。

だが、黒王がいなければ、自分は……。

 

ぐるぐると、同じ思考が堂々巡りをする。

答えの出ない、問い。

 

そして、お妙のあの心配そうな顔。

彼女は、自分のことをどう思っているのだろうか。

ただの哀れな貧乏馬子だと、思っているだけだろうか。

 

夕暮れの、薄暗い峠道。

聞こえるのは、自分の足音と黒王の疲れた息遣いだけ。

そのあまりの静けさが、彼の孤独感をさらに増幅させた。

 

その時だった。

彼の口から、無意識のうちに一つの旋律が漏れ始めたのは。

 

それは、まだ歌詞にもなっていない、ただのハミングのようなものだった。

即興で、その場の物悲しい気持ちを、ただ音に乗せただけのもの。

 

しかし、不思議なことだった。

声を出すと、ほんの少しだけ心が軽くなるような気がした。

歩く足取りも、ほんの少しだけ力強くなるような気がした。

 

彼のハミングに合わせて、黒王の歩くリズムもどこか安定してきたように感じられた。

 

(唄……か)

 

馬子仲間の中には、馬を曳きながら大声で故郷の民謡を歌う者もいた。

辛い仕事の気を紛らわせるため。

そして、馬のリズムを整えるため。

 

しかし、清太が今口ずさんでいるのは、そんな陽気な唄ではなかった。

もっと切なく、哀愁を帯びた旋律。

 

この辛い仕事のこと。

老いた黒王のこと。

そして、決して届くことのないお妙への恋心。

 

そんな、誰にも言えない胸の内のやるせない思いが、自然と音になってあふれ出てきたのだ。

 

彼は、誰に聞かせるともなく、その名もなき旋律を繰り返し繰り返し口ずさみながら、夕闇が迫る峠道を下っていった。

それは、やがて「瀬野馬子唄」と呼ばれることになる、哀切な唄のささやかな産声だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

労働歌は、世界中のあらゆる場所に存在します。辛い労働のリズムを整え、仲間との連帯感を生み、そして心を鼓舞する。唄は、人々にとって生きるための重要な知恵だったのです。

 

さて、無意識のうちに唄の原型を生み出した清太。

その名もなき旋律が、やがて多くの人々の心を動かしていくことになります。

 

次回、「馬子唄の誕生」。

彼の唄が、一つの「文化」へと昇華する瞬間です。

 

物語の続きが気になったら、ぜひブックマークをお願いします!

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