西国街道・大山峠と瀬野馬子唄 第4話:茶屋の看板娘
作者のかつをです。
第六章の第4話をお届けします。
今回は、厳しい物語の中の一服の清涼剤。
主人公・清太の、淡い恋模様を描きました。
身分違いの恋という、時代劇の王道でもありますね。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
大山峠を越えた先、八本松の宿場の手前に、一軒の小さな茶屋があった。
そこは、峠を越えてきた旅人や馬子たちが、汗を拭い、一息つく憩いの場所だった。
そして、そこには清太のささやかな楽しみがあった。
茶屋の看板娘、お妙の存在である。
「清太さん、お疲れ様。大変だったでしょう」
お妙は、清太の泥だらけの姿を見るなり、手桶に汲んだきれいな水と手ぬぐいを、持ってきてくれた。
その優しい笑顔と涼やかな声が、清太の疲れ切った心を癒していく。
「黒王さんも、お疲れ様」
お妙は、黒王の鼻先を優しく撫でた。
黒王も、彼女には心を許しているようだった。
清太は、お妙に想いを寄せていた。
しかし、自分の気持ちを打ち明けることなどできなかった。
自分は、しがない貧乏馬子。
かたや、お妙は茶屋の愛らしい一人娘。
身分が、違いすぎる。
彼は、ただこうして峠を越えてくるたびに、彼女の顔を見て一言二言、言葉を交わすだけで幸せだった。
それが、この辛く厳しい仕事の中で、唯一の光だった。
「今日は、えらくくたびれているじゃないか。何か、あったのかい」
茶屋の主であり、お妙の父親でもある源爺が、茶を淹れながら尋ねてきた。
清太は、今日の出来事をぽつりぽつりと語った。
黒王が坂の途中で倒れたこと。
自分が代わりに荷を担いだこと。
話を聞き終えた源爺は、大きなため息をついた。
「……黒王も、もう年だからな。お前さんの親父の代から、よう働いてくれた。そろそろ、楽にさせてやる時期なのかもしれんな」
その言葉が、清太の胸に重く突き刺さった。
わかっている。自分でもわかっているのだ。
しかし、認めたくなかった。
黒王がいなくなれば、自分はもう馬子として生きてはいけない。
そして、ここへ来てお妙に会うこともできなくなる。
そんな、清太の暗い表情を、お妙は心配そうに見つめていた。
彼女は、黙って新しい茶を彼の湯呑に注いでくれた。
その湯呑の温かさだけが、彼の冷え切った心をかろうじて温めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
街道沿いの茶屋は、単に休憩する場所だけでなく、情報交換の場であり、様々な人々が出会い、交流するコミュニティの中心でもありました。そこでは、きっと数多くの恋物語も生まれていたことでしょう。
さて、お妙への想いと、黒王への不安。
二つの感情に板挟みになる清太。
そんな彼の口から、ある日無意識のうちに、一つの「唄」が生まれます。
次回、「口ずさむ旋律」。
物語のもう一つの主役、「瀬野馬子唄」がついに登場します。
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