西国街道・大山峠と瀬野馬子唄 第3話:汗と土埃
作者のかつをです。
第六章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、絶体絶命のピンチに陥った主人公が、自らの行動で道を切り拓く姿を描きました。
言葉ではなく、行動で示す。そんな、職人の意地が人の心を動かすのかもしれません。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「おい、この馬はもうダメじゃないか。別の馬子を呼んでこい!」
商人が、吐き捨てるように言った。
その言葉に、清太の中で何かがぷつりと切れた。
彼は商人に向き直り、深く頭を下げた。
「旦那様、申し訳ございません。ですが、黒王は俺の家族でございます。こいつを見捨てることはできやせん」
そして、彼は驚くべき行動に出た。
黒王が背負っていた重い荷物を、自らの背中に担ぎ上げたのだ。
「……なっ!?」
商人が、呆気にとられて目を見開く。
荷の重さに、清太の膝が笑った。
視界が、ぐらりと揺れる。
しかし、彼は歯を食いしばって立ち上がった。
「黒王、お前はゆっくり来い。俺が、先に行く」
彼は、黒王の背を一度だけ力強く叩いた。
そして、おぼつかない足取りで再び坂道を登り始めた。
一歩また一歩と、足が鉛のように重い。
肩に食い込む荷の重さが、呼吸を奪う。
汗が目に入り、前が見えない。
しかし、彼は足を止めなかった。
これは、自分の馬子としての意地だ。
そして、黒王との絆の証だ。
そんな彼の後ろを、黒王がゆっくりと、しかし確かな足取りでついてくる。
まるで、主人のその小さな背中に、最後の力を振り絞るように。
その異様な光景を、商人はただ黙って見ていた。
彼の苛立った顔から、いつしか表情が消えていた。
どれだけの時間が経っただろうか。
ついに、道の先にわずかな光が見え、視界が開けた。
峠の頂上だった。
清太は、その場に荷を降ろし、崩れるように倒れ込んだ。
全身が、泥と汗、そして土埃にまみれていた。
遅れて、黒王が峠にたどり着く。
そして、まるで主を労うかのように、その顔を清太の頬にすり寄せた。
商人は、そんな二人をしばらく黙って見下ろしていた。
やがて彼は、懐から一枚の銀貨を取り出し、清太の前に置いた。
「……大した、主従だ。これは、駄賃のはずみだ。取っておけ」
その声には、もう苛立ちの色はなかった。
そこにあったのは、かすかな尊敬の念だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
馬子が、馬の代わりに荷を担ぐというのは、決して珍しいことではなかったそうです。それほど、彼らにとって馬は、単なる道具ではなく、共に働くかけがえのないパートナーだったのです。
さて、なんとか峠を越えた清太と黒王。
峠の向こうには、彼らを待つささやかな癒しの場所がありました。
次回、「茶屋の看板娘」。
清太の、淡い恋の物語が始まります。
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