表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第1部:古代・中世編 ~神々と武士たちの足跡~
37/93

西国街道・大山峠と瀬野馬子唄 第3話:汗と土埃

作者のかつをです。

第六章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。

 

今回は、絶体絶命のピンチに陥った主人公が、自らの行動で道を切り拓く姿を描きました。

言葉ではなく、行動で示す。そんな、職人の意地が人の心を動かすのかもしれません。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

「おい、この馬はもうダメじゃないか。別の馬子を呼んでこい!」

商人が、吐き捨てるように言った。

 

その言葉に、清太の中で何かがぷつりと切れた。

彼は商人に向き直り、深く頭を下げた。

 

「旦那様、申し訳ございません。ですが、黒王は俺の家族でございます。こいつを見捨てることはできやせん」

 

そして、彼は驚くべき行動に出た。

黒王が背負っていた重い荷物を、自らの背中に担ぎ上げたのだ。

 

「……なっ!?」

商人が、呆気にとられて目を見開く。

 

荷の重さに、清太の膝が笑った。

視界が、ぐらりと揺れる。

しかし、彼は歯を食いしばって立ち上がった。

 

「黒王、お前はゆっくり来い。俺が、先に行く」

 

彼は、黒王の背を一度だけ力強く叩いた。

そして、おぼつかない足取りで再び坂道を登り始めた。

 

一歩また一歩と、足が鉛のように重い。

肩に食い込む荷の重さが、呼吸を奪う。

汗が目に入り、前が見えない。

 

しかし、彼は足を止めなかった。

これは、自分の馬子としての意地だ。

そして、黒王との絆の証だ。

 

そんな彼の後ろを、黒王がゆっくりと、しかし確かな足取りでついてくる。

まるで、主人のその小さな背中に、最後の力を振り絞るように。

 

その異様な光景を、商人はただ黙って見ていた。

彼の苛立った顔から、いつしか表情が消えていた。

 

どれだけの時間が経っただろうか。

ついに、道の先にわずかな光が見え、視界が開けた。

峠の頂上だった。

 

清太は、その場に荷を降ろし、崩れるように倒れ込んだ。

全身が、泥と汗、そして土埃にまみれていた。

 

遅れて、黒王が峠にたどり着く。

そして、まるで主を労うかのように、その顔を清太の頬にすり寄せた。

 

商人は、そんな二人をしばらく黙って見下ろしていた。

やがて彼は、懐から一枚の銀貨を取り出し、清太の前に置いた。

 

「……大した、主従だ。これは、駄賃のはずみだ。取っておけ」

 

その声には、もう苛立ちの色はなかった。

そこにあったのは、かすかな尊敬の念だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

馬子が、馬の代わりに荷を担ぐというのは、決して珍しいことではなかったそうです。それほど、彼らにとって馬は、単なる道具ではなく、共に働くかけがえのないパートナーだったのです。

 

さて、なんとか峠を越えた清太と黒王。

峠の向こうには、彼らを待つささやかな癒しの場所がありました。

 

次回、「茶屋の看板娘」。

清太の、淡い恋の物語が始まります。

 

物語の続きが気になったら、ぜひブックマークをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ