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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第1部:古代・中世編 ~神々と武士たちの足跡~
33/95

空海が見た谷 第5話:龍神との対話

作者のかつをです。

第五章の第5話、物語のクライマックスです。

 

この物語は、史実をベースにしながらも少しファンタジーの要素を取り入れています。

若き空海が、人知を超えた存在といかに対峙したのか。その幻想的な場面を、楽しんでいただければ幸いです。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

護摩を終え、谷を去ることを決意した真魚。

彼は旅支度を整え、最後にあの滝壺へと別れを告げにやってきた。

 

「世話になったな」

彼は、翠色に輝く水面に向かって静かに頭を下げた。

 

その時だった。

穏やかだった滝壺の水面がにわかに波立ち、中心が渦を巻き始めたのは。

そして、その渦の中から信じられないものがその姿を現した。

 

天を衝くほど巨大な、一匹の龍だった。

その鱗は滝壺の水と同じ美しい翠色に輝き、その二本の瞳は夜空の月よりも鋭い光を放っていた。

天候は穏やかなはずなのに、龍の周囲だけ黒い雲が渦巻き稲光が走っている。

 

それは、この谷の主。古来よりこの水を、この森を守り続けてきた龍神だった。

 

常人であれば、そのあまりにも神々しくそして恐ろしい姿を前に、ひれ伏すことしかできなかっただろう。

しかし、真魚は違った。

彼の心には、もはや恐怖も驚きもなかった。

 

彼は、ただ静かに龍神を見据えていた。

その瞳は、まるで旧知の友と再会したかのように穏やかだった。

 

『若き僧よ。お主の祈り、しかと聞き届けた』

 

声が聞こえた。

それは口から発せられたものではない。

雷鳴のような荘厳な響きが、直接彼の脳内に響き渡ってきたのだ。

 

『お主の炎は確かにこの谷を、そしてわが心を温かく照らしてくれた。礼を言うぞ』

 

真魚は静かに答えた。

「礼を言うのは私の方です、龍神よ。この谷が、そしてあなた様が、私に進むべき道を示してくださった」

 

龍神は満足げに頷いた。

『行け、若き僧よ。お主の道はまだ始まったばかり。この谷でのことを忘れず、その慈悲の炎で世の闇を照らすがよい』

 

龍神はそう言うと、再び渦を巻く水の中へとその巨大な姿を静かに沈めていった。

水面は、何事もなかったかのように元の静けさを取り戻していた。

 

後に残されたのは圧倒的な静寂と、そして水しぶきで濡れた真魚の顔だけだった。

彼は天を仰いだ。

空はどこまでも青く澄み渡っていた。

彼の心のように。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

龍神は、仏教において仏法を守護する重要な存在「八大竜王」として篤く信仰されています。水を司る神であることから、特に空海が行った雨乞いの祈祷などとも深い関わりを持っています。

 

さて、ついにすべての迷いを振り払い、谷の主からの激励を受けた真魚。

いよいよ彼がこの谷を去る時がやってきます。

 

次回、「夜明けの悟り(終)」。

第五章、感動の最終話です。

 

物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。

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