表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第1部:古代・中世編 ~神々と武士たちの足跡~
30/87

空海が見た谷 第2話:迷いの森

作者のかつをです。

第五章の第2話をお届けします。

 

今回は、若き空海の、内面的な葛藤を描きました。

どんな偉人にも、迷い苦しんだ冬の時代があったはずです。

そんな彼の人間的な側面に、光を当ててみました。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

真魚は、その谷に小さな庵を結び、修行の日々を始めた。

朝は冷たい滝の水で身を清める。

昼は森に入り、木の実や草の根を食み命を繋ぐ。

そして夜は月明かりの下で、ひたすらに経を唱え座禅を組む。

 

俗世との関わりを完全に断ち切った、孤独な日々。

しかし、彼の心は晴れなかった。

むしろ修行を積めば積むほど、心の闇は深く濃くなっていくようだった。

 

(俺は、何をやっているのだ……)

 

自問自答が、彼を苛む。

こんな山奥で独りよがりの修行をして、何になるというのか。

都では人々が病に苦しみ、貧困に喘ぎ、そして醜い権力争いに明け暮れている。

その現実の苦しみから、自分はただ目を背けているだけではないのか。

 

書物を捨て、山に入った。

しかし結局、自分はまだ答えを見つけられていない。

それどころか、自分が進むべき道さえも見失いかけていた。

 

彼の心は、出口のない暗い森の中をさまよっているかのようだった。

 

ある日の午後。

彼はいつものように食料を探して、森の奥深くへと足を踏み入れた。

しかしその日はどういうわけか、方角を見失ってしまった。

気づくとそこは、見たこともない木々が鬱蒼と生い茂る昼なお暗い場所だった。

 

焦りが、彼の心を支配する。

進めど進めど景色は変わらない。

まるで森そのものが、彼を拒絶しているかのようだった。

 

疲れ果て、彼は巨大な木の根元にへたり込んだ。

空腹と疲労で、意識が朦朧としてくる。

 

(俺は、ここで死ぬのか……)

 

諦めが心をよぎった、その時だった。

どこからともなく、一人のみすぼらしい身なりの老人が現れた。

手には一本の杖。その顔には深い皺が刻まれているが、瞳だけが子供のように澄んでいた。

 

「若いの、道に迷ったか」

老人は、優しい声で語りかけた。

 

真魚は驚いて身を起こした。

「……あなたは?」

 

老人はにこりと笑って答えた。

「わしか。わしは、この山のただの炭焼きよ。さあ、こっちへ来なされ。火でもあたっていくといい」

 

老人はそう言うと、杖を頼りにゆっくりと歩き始めた。

その頼りない後ろ姿を、真魚はまるで何かに憑かれたようにふらふらと追いかけていった。

この出会いが彼の運命を大きく変えることになるとは、まだ知らずに。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

空海は、その超人的なイメージとは裏腹に、多くの苦悩や挫折を経験した人物だったと言われています。そうした人間的な葛藤こそが、彼の思想をより深いものにしていったのかもしれません。

 

さて、迷いの森で不思議な老人と出会った真魚。

この老人は一体、何者なのでしょうか。

 

次回、「谷川の導き」。

老人は真魚を、ある場所へと導きます。

 

よろしければ、応援の評価をお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ