磐座の巫女と東からの旅人 第3話:巫女の決断
作者のかつをです。
第一章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、主人公ヒナタの葛藤と、彼女の大きな決断を描きました。
神の声に頼るのではなく、自らの意志で未来を選び取る。
一人の少女が、大きく成長する瞬間です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ヒナタは、激しく迷っていた。
村の安全を考えれば、この者たちを丁重に、しかし断固として追い払うのが、巫女としての正しい判断だろう。これ以上、村に厄介事を増やすわけにはいかない。
しかし、イツセの瞳が、脳裏に焼き付いて離れなかった。
あの瞳は、日照りを憂い、神に祈りを捧げる長老の瞳と、どこか似ていた。守るべきものを持つ者の、深く、そして孤独な色をしていた。
(神よ、私に、お示しください……。私は、どうすれば……)
心の中で、何度、呼びかけても、磐座は沈黙したままだ。
村人たちのいらだった視線が、背中を焼く。沈黙が、重く、彼女を押しつぶそうとしていた。
その時だった。
ヒナタの脳裏に、ふと、ある光景が浮かんだ。
それは、磐座に仕える老婆から、まだ幼い頃に聞かされた、この土地に伝わる古い、古い伝承だった。
「ヒナタや、よう聞きなされ。この土地はな、傷つきし者を癒す場所なんじゃ。昔、旅人を無下に追い返した年は、山が枯れ、川が涸れた。逆にもてなした年は、山は恵み、川は潤った。訪れし者は、神が遣わした試練であり、恵みでもあるんじゃよ……」
それは、神の声ではない。
土地に、古くから伝わる、ただの言い伝えだ。
しかし、その言葉が、暗闇の中にいたヒナタの心を、一条の光のように、強く打った。
彼女は、はっと顔を上げた。その瞳に、もはや、迷いの色はなかった。
彼女は、震える声で、しかし、村中の者が聞き取れるよう、はっきりと、告げた。
「……生石子の神は、こう、告げておられます」
それは、巫女人生で初めて、彼女が自らの意志で紡ぎ出した「神託」だった。
「この方々を、受け入れなさい。武器を収め、傷つきし者を癒しなさい。さすれば、この乾いた大地にも、必ずや、恵みの雨がもたらされるでしょう」
村人たちが、大きく、どよめいた。
「しかし、ヒナタ様!」「武器を持った連中を……」
それでも、巫女の言葉は、絶対だ。
彼らは、戸惑い、顔を見合わせながらも、手にしていた鍬や弓を、ゆっくりと下ろしていった。
イツセが、驚いたように、ヒナタを見た。彼の部下たちからも、安堵のため息が漏れる。
ヒナタは、ただ、静かに、彼に頷き返した。
自分の下した決断が、吉と出るか、凶と出るか。今は、わからない。
だが、これが、自分が信じた道なのだ。
ヒナタは、自らの小さな身体に、村のすべての運命を背負う覚悟を、決めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
巫女の「託宣(神のお告げ)」は、古代社会において、非常に重要な政治的判断の根拠とされていました。ヒナタのこの決断は、まさに、村の未来を左右する、大きな賭けだったのです。
さて、ヒナタの神託により、村に受け入れられたイツセの一団。
ここから、二つの異なる文化の、交流が始まります。
次回、「癒しと交流」。
ヒナタとイツセの間に、少しずつ、絆が芽生えていきます。
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