檜木城・鳥籠山城の攻防 第5話:落城の日
作者のかつをです。
第四章の第5話、物語のクライマックスです。
今回は籠城戦の最も激しい一日を描きました。
戦の無情さ、そしてその中で交わされる親子の最後の絆。
悲しい物語ですが、目を逸らさずに描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
東の空が白み始めた、その時だった。
ブォオオオ―――
地の底から響くような法螺貝の音が、瀬野の谷に響き渡った。
それを合図に毛利軍が、怒涛のように城へと押し寄せてくる。
「放て!」
城壁の上から矢の雨が降り注ぐ。
しかし、敵の勢いは止まらない。
鬨の声が大地を揺るがし、耳をつんざく。
弥助も父と共に、城門の近くで槍を構えていた。
次々と城壁を乗り越えてくる敵兵。
その顔は、鬼の形相をしていた。
「来るな!」
弥助は夢中で槍を突き出した。
硬い感触。生温かい血の匂い。
自分が今、人を殺めた。その事実が彼の頭を真っ白にさせた。
「ぼうっとするな、弥助!」
父の怒声で我に返る。
ここは戦場。感傷に浸っている暇などない。
しかし、兵の数も質もあまりにも違いすぎた。
味方の兵が一人、また一人と血の海に倒れていく。
城のあちこちから火の手が上がり始めた。
黒い煙が空を覆い、昼間なのにまるで夜のようだった。
やがて本丸の方から伝令が走ってきた。
「殿が……! 野間様が、ご自害なされた!」
その声に、味方の兵士たちの足が完全に止まった。
城は落ちたのだ。
父が弥助の腕を強く掴んだ。
「逃げるぞ、弥助! ここはもう終わりだ!」
しかし、その時だった。
一体の鎧武者が、父の背中に斬りかかったのは。
父の身体が、ぐらりと揺れた。
「父上!」
弥助は叫んだ。
父は弥助の方を振り返り、最後の力を振り絞るように言った。
「……生きろ、弥助。お前は……この土地で、生きるんだ……」
父の身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
弥助は何も考えられなかった。
ただ燃え盛る炎と黒い煙と、父の最後の言葉だけが彼の頭の中をぐるぐると回っていた。
「生きろ」
その一言が、彼の足を動かした。
彼は父の亡骸に背を向け、燃え盛る城からただ無我夢中で駆け出した。
涙で前が、よく見えなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
籠城戦の末、城主が自害し城が落ちるというのは、戦国時代には数えきれないほど繰り返された悲劇でした。その陰には弥助のような名もなき兵士たちの無数の死があったのです。
さて、すべてを失い一人生き残った弥助。
彼の物語はどこへ向かうのでしょうか。
次回、「丘の上の鎮魂(終)」。
第四章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




