檜木城・鳥籠山城の攻防 第4話:最後の夜
作者のかつをです。
第四章の第4話をお届けします。
決戦を前にした兵士たちの最後の夜。
死を覚悟した者たちが、何を思い何を語るのか。
今回はそんな極限状態での人間模様を静かに描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
弥助が城に戻った翌日、城は毛利の大軍によって完全に包囲された。
山々の木々の間から無数の旗指物が、まるで赤い血のように滲み出している。
その光景は城兵たちの心を、絶望させるには十分だった。
毛利からの最後の降伏勧告が、矢文で届けられた。
「これ以上、無益な血を流すことはない。速やかに城を明け渡されよ」
しかし、城主・野間隆実の答えは変わらなかった。
「武士に、二言はない」
その返答と共に、城兵たちの運命は決まった。
その夜、城の本丸では最後の宴が開かれていた。
残された決して多くはない酒と干し肉が、兵士たちに振る舞われる。
それは明日の死地へと向かう者たちへの、城主からの最後の心遣いだった。
誰もが死を覚悟していた。
しかし、そこに悲壮な空気はなかった。
ある者は大声で故郷の唄を歌い、ある者は家族への自慢話を繰り返し語っている。
まるで死の恐怖を、笑い声で吹き飛ばそうとしているかのようだった。
弥助は父と二人、隅の方で静かに酒を酌み交わしていた。
父はぽつりと呟いた。
「弥助。明日、もし俺が死んだら、お前は生き延びろ」
「父上……。何を」
「いいから聞け。お前はまだ若い。お前には未来がある。おふみという守るべき女もいる。俺のことは気にするな。お前は何としても生き延びて、この瀬野の地で俺たちの暮らしを繋いでいくんだ。それがお前の、本当の戦だ」
父の言葉が、弥助の胸に重く響いた。
宴が終わり、それぞれの持ち場へと戻っていく。
弥助は一人、物見櫓に登った。
眼下には無数の敵の篝火が、まるで地上に降りた不吉な星々のように煌めいている。
そして、その向こう側。
闇の中に彼が生まれ育った村が、静かに沈んでいた。
一つの小さな灯りが、チロチロと瞬いている。
おふみの家の灯りかもしれなかった。
(おふみ……。俺は、明日死ぬかもしれん)
懐のお守りを、強く握りしめる。
せめてもう一度、あの笑顔が見たかった。
彼はただじっと、その小さな光を見つめ続けていた。
まるで己の魂が、その光に吸い寄せられていくかのように。
静かで長い最後の夜が、更けていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
落城前夜の「最後の宴」は、戦記物語などでしばしば描かれる場面です。そこには武士たちの独特の死生観が色濃く反映されています。
さて、ついに運命の朝がやってきます。
檜木城と弥助たちの最後の戦いが始まります。
次回、「落城の日」。
物語はクライマックスを迎えます。
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