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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第1部:古代・中世編 ~神々と武士たちの足跡~
26/92

檜木城・鳥籠山城の攻防 第4話:最後の夜

作者のかつをです。

第四章の第4話をお届けします。

 

決戦を前にした兵士たちの最後の夜。

死を覚悟した者たちが、何を思い何を語るのか。

今回はそんな極限状態での人間模様を静かに描きました。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

弥助が城に戻った翌日、城は毛利の大軍によって完全に包囲された。

山々の木々の間から無数の旗指物が、まるで赤い血のように滲み出している。

その光景は城兵たちの心を、絶望させるには十分だった。

 

毛利からの最後の降伏勧告が、矢文で届けられた。

「これ以上、無益な血を流すことはない。速やかに城を明け渡されよ」

 

しかし、城主・野間隆実の答えは変わらなかった。

「武士に、二言はない」

 

その返答と共に、城兵たちの運命は決まった。

 

その夜、城の本丸では最後の宴が開かれていた。

残された決して多くはない酒と干し肉が、兵士たちに振る舞われる。

それは明日の死地へと向かう者たちへの、城主からの最後の心遣いだった。

 

誰もが死を覚悟していた。

しかし、そこに悲壮な空気はなかった。

ある者は大声で故郷の唄を歌い、ある者は家族への自慢話を繰り返し語っている。

まるで死の恐怖を、笑い声で吹き飛ばそうとしているかのようだった。

 

弥助は父と二人、隅の方で静かに酒を酌み交わしていた。

父はぽつりと呟いた。

「弥助。明日、もし俺が死んだら、お前は生き延びろ」

 

「父上……。何を」

「いいから聞け。お前はまだ若い。お前には未来がある。おふみという守るべき女もいる。俺のことは気にするな。お前は何としても生き延びて、この瀬野の地で俺たちの暮らしを繋いでいくんだ。それがお前の、本当の戦だ」

 

父の言葉が、弥助の胸に重く響いた。

 

宴が終わり、それぞれの持ち場へと戻っていく。

弥助は一人、物見櫓に登った。

眼下には無数の敵の篝火が、まるで地上に降りた不吉な星々のように煌めいている。

 

そして、その向こう側。

闇の中に彼が生まれ育った村が、静かに沈んでいた。

一つの小さな灯りが、チロチロと瞬いている。

おふみの家の灯りかもしれなかった。

 

(おふみ……。俺は、明日死ぬかもしれん)

 

懐のお守りを、強く握りしめる。

せめてもう一度、あの笑顔が見たかった。

 

彼はただじっと、その小さな光を見つめ続けていた。

まるで己の魂が、その光に吸い寄せられていくかのように。

静かで長い最後の夜が、更けていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

落城前夜の「最後の宴」は、戦記物語などでしばしば描かれる場面です。そこには武士たちの独特の死生観が色濃く反映されています。

 

さて、ついに運命の朝がやってきます。

檜木城と弥助たちの最後の戦いが始まります。

 

次回、「落城の日」。

物語はクライマックスを迎えます。

 

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