檜木城・鳥籠山城の攻防 第3話:城下の村
作者のかつをです。
第四章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
戦は兵士だけでなく、残された人々の心も引き裂きます。
今回は弥助とおふみの悲しい別れを通じて、戦争のもう一つの側面を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
総攻撃が始まるであろう、数日前の夜。
弥助は城主から密命を受けた。
「夜陰に紛れ、城下の様子を探ってまいれ。毛利軍の布陣を、その目に焼き付けてくるのだ」
それは命がけの危険な任務だった。
しかし、弥助はむしろその役目をありがたいと思った。
最後に一度だけ村の空気を吸い、そしておふみの顔を見ることができるかもしれない。
彼は闇に紛れて獣道を駆け下りた。
慣れ親しんだはずの道が、今は敵の兵が潜む死地のように感じられた。
やがてたどり着いた村は、不気味なほど静まり返っていた。
家々の戸は固く閉ざされ、灯り一つ漏れてこない。
まるで村全体が息を殺しているかのようだった。
彼は、おふみの家の裏手へとそっと回り込んだ。
小さな窓から中を覗う。
そこにはランプのか細い光の下で、一人布を織るおふみの姿があった。
弥助は小石を拾い、そっと窓に投げつけた。
驚いたように顔を上げるおふみ。
弥助の姿を認めると、彼女は血の気の引いた顔で駆け寄ってきた。
「弥助さん! ご無事だったのですね……。もう、会えないかと」
「おふみ……。心配、かけたな」
窓越しの短い再会。
おふみの目には涙が浮かんでいた。
「お願いです、弥助さん。もう城へは戻らないで。このまま二人でどこか遠くへ逃げましょう。戦なんて、私たちには関係ないじゃないですか」
その言葉に、弥助の心は激しく揺れた。
彼女の手を取り、このまま全てを捨てて逃げてしまいたい。
その衝動を、彼は奥歯を噛み締めてこらえた。
「……できん。俺には父上も仲間たちもいる。この村を、お前を守るのが俺の役目だ」
「死んでしまったら、守れないじゃないですか!」
「それでも、だ」
弥助は懐から、小さな木のウサギの根付を取り出しおふみの手に握らせた。
昔、祭りの日に彼女のために彫ったものだ。
「これを俺だと思って、待っていてくれ。必ず戻る。だから……」
言葉が続かなかった。
彼は、おふみに背を向け闇の中へと駆け出した。
背後で彼女が自分の名を呼び、泣き崩れる声が聞こえた。
その声が彼の背中に、深く突き刺さった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
籠城戦において、城兵の士気を最も左右したのは城下に残してきた家族の存在だったと言われています。彼らはまさに、愛する者を守るために戦っていたのです。
さて、悲しい決意を胸に城へと戻った弥助。
いよいよ最後の時が迫ります。
次回、「最後の夜」。
兵士たちは死を覚悟し、それぞれの思いを胸に夜を明かします。
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