古代山陽道・大山駅の駅子日誌 第7話:峠の向こうへ(終)
作者のかつをです。
第三章の最終話です。
様々な出会いと試練を乗り越え、一人の若者が自らの仕事に誇りを見出し成長していく。
そんな普遍的な物語を、古代の瀬野を舞台に描きました。
彼の希望に満ちた未来を、感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
何週間かが過ぎた。
幸い、駅家の中で新たな病人は出なかった。
最初に倒れた旅人も、奇跡的に一命を取り留めた。
やがて、凍りついていた道が再び開かれる日がやってきた。
疫病の流行がようやく終息に向かっている、という報せが届いたのだ。
駅家には、再び活気が戻ってきた。
止まっていた人々の往来が、まるで堰を切ったように溢れ出した。
タケルは、その光景を以前とはまったく違う目で見ていた。
行き交う一人一人の旅人の顔。
その顔には、それぞれの人生と物語がある。
それを繋ぐのがこの道であり、自分たちの仕事なのだ。
彼はもはや、自分の仕事を退屈だとは思わなかった。
そこには確かな誇りと、そして責任があった。
ある晴れた日の朝、タケルは父に願い出た。
「父上。俺に、安芸の国府までの駅馬を任せてはいただけませんか」
父は驚いたように息子を見た。
そしてその瞳に、以前にはなかった力強い光が宿っているのを見て黙って頷いた。
タケルは一頭の馬に乗り、風になった。
いつも見送るだけだった東の道。
険しい大山峠への坂道を、力強く駆け上がっていく。
汗が風に流れていく。
心臓が高鳴っている。
それは恐怖ではない。未来への期待に満ちた鼓動だった。
峠の頂上に立った時、彼は振り返って自分が生まれ育った瀬野の谷を見下ろした。
ちっぽけで色のない場所だと思っていた故郷。
しかしそこには、確かに人々の営みがあり、自分の居場所があった。
そして彼は再び前を向いた。
道の先にはまだ見ぬ安芸の国府が、そしていつか辿り着きたい都が広がっている。
彼はまだ、旅の始まりに立ったばかりだ。
この道がどこへ続き、どんな人生が自分を待っているのか。
まだわからない。
しかし彼はもう迷わない。
自分は道を繋ぐ、駅子なのだから。
彼は馬の腹をそっと蹴った。
峠の向こう側へと続く、どこまでもどこまでも長い道へと駆け出していく。
その顔は、希望に満ちた若き男の顔をしていた。
(第三章:都の文と峠の馬 了)
第三章「都の文と峠の馬」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
大山駅の正確な場所は今ではわかっていませんが、この物語のように日々多くの人々が行き交い、様々なドラマが生まれていたことでしょう。
さて、古代の物語が続きました。
次なる物語は時代をぐっと下って、再び戦国の世に戻ります。
次回から、新章が始まります。
**第四章:峠の城、燃ゆ ~檜木城・鳥籠山城の攻防~**
安芸国の覇権を巡る、激しい戦い。
その舞台となった、瀬野にそびえていたという山城の物語です。
城と運命を共にした、名もなき人々の悲しい戦いにご期待ください。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第四章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




