古代山陽道・大山駅の駅子日誌 第6話:疫病の報せ
作者のかつをです。
第三章の第6話をお届けします。
今回は、古代社会における「疫病」の恐怖を描きました。
医療も情報も未発達だった時代、疫病の流行は現代の私たちが想像する以上に人々の生活を、そして心を脅かすものだったはずです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
穏やかな秋の日々が続いていた。
タケルは以前よりも生き生きと、仕事に励むようになっていた。
自分の仕事が多くの人々の人生を繋いでいる。その自覚が彼に誇りを与えていたのだ。
しかし、その平穏はある日突然破られた。
西からやってきた一人の旅人が高熱を出して、駅家で倒れたのだ。
旅人の身体には紫色の、奇妙な斑点が浮かび上がっていた。
村の薬師は顔を青くして、首を横に振った。
「これは……都で流行しているという、疱瘡じゃ……」
その言葉に、駅家はパニックに陥った。
疱瘡――それは当時の人々にとって、死の病を意味した。
感染すれば多くが命を落とし、助かったとしても顔に醜い痘痕が残る。
父は苦渋の決断を下した。
「これより、大山駅を閉鎖する。何人たりともここから出すことも、入れることも許さん」
駅家は陸の孤島となった。
西へ向かう道も東へ向かう道も、固く閉ざされた。
情報の中継点。それが駅家の使命だったはずなのに。
その情報が今や、死の病を運ぶ恐怖の対象となっていた。
タケルは生まれて初めて、外の世界から完全に隔絶されるという恐怖を味わった。
聞こえてくるのは病にうなされる旅人の、苦しそうな呻き声だけ。
次は自分の番かもしれない。そんな目に見えない死の恐怖が、じわじわと心を蝕んでいく。
何より辛かったのは、情報がまったく入ってこないことだった。
都はどうなっているのか。
安芸の国府はどうなっているのか。
そして隣村に住むあの娘は、無事なのだろうか。
何もわからない。
道が閉ざされるということは、世界から切り離されるということなのだ。
その当たり前の事実を、タケルは痛いほど思い知らされた。
自分たちの仕事が、いかに人々の暮らしの生命線であったか。
それを失って初めて、彼はその本当の価値に気づかされたのだ。
彼はただ一日も早く、この悪夢が終わることを祈るしかなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
天然痘(疱瘡)は、日本史において何度も大規模な流行を引き起こしています。特に奈良時代には、人口の三分の一が死亡したとも言われる大流行があり、聖武天皇が大仏を建立する大きなきっかけの一つとなりました。
さて、疫病の恐怖に閉ざされた駅家。
タケルは、この試練をどう乗り越えていくのでしょうか。
次回、「峠の向こうへ(終)」。
第三章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




