瀬野の名の起源、生石子神社の物語 第2話:西からの来訪者
作者のかつをです。
第一章の第2話をお届けします。
物語のキーパーソン、イツセが登場しました。
彼は日本神話に登場するある重要な人物をモデルにしています。
巫女ヒナタは、この未知の来訪者をどう受け止めるのか。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
現れた一団は、明らかにこの土地の者ではなかった。
纏う衣は汚れと擦り切れで原型を留めず、日に焼けた肌には長い旅の疲弊が刻み込まれている。しかし、その瞳の奥にはなお消えぬ鋭い光が宿っていた。
村の男たちが錆びた鍬や狩りのための弓を手に、じりじりと包囲の輪を狭めていく。
「何者だ!」「武器を捨てろ!」
怒声が飛ぶが一団は動じない。ただ疲れた獣のように荒い息をつきながら、警戒を解かずに村人たちを睨みつけていた。一触即発の空気が乾いた大地を支配する。
その時、一団の中から一人の男が静かに前に進み出た。
長身で堂々とした体躯。その立ち姿は周囲の者たちとは明らかに異質な、生まれながらの王者の風格を漂わせていた。左腕を汚れた布で吊り深手を負っているようだったが、その背筋はまっすぐに伸びている。
「騒がせるつもりはない」
男の声は低く、しかし不思議なほどよく通った。
「我らは東を目指す者。イツセと申す。この先の土地の者との戦で兄が深手を負い、我らもまた疲弊している。見ての通り戦える状態ではない。願わくはしばしこの地で、傷を癒すことを許してはくれまいか」
男――イツセはそう言うと、深々と頭を下げた。遥か東にすべての民が安寧に暮らせる新たな国を拓くための、旅の途中なのだという。
村人たちの間に戸惑いの声が広がった。
「武器を持ったよそ者だぞ」「追い払うべきだ」
「しかし、手負いの者を見捨てるのは……」
小さな囁きが大きなうねりとなっていく。日照りでささくれ立った心は疑心暗鬼に満ちていた。
すべての視線が、いつしか巫女であるヒナタに注がれていた。
この事態をどう収めるか、その判断はすべて彼女に委ねられている。
村人たちの視線がまるで物理的な重さを持って、彼女の小さな肩にのしかかった。
ヒナタはゴクリと乾いた喉を鳴らした。
神の声は聞こえない。
聞こえるのは自分の心臓の音と村人たちの不安な息遣い、そして目の前の男の苦悩に満ちた静かな呼吸だけ。
彼女はイツセの瞳をまっすぐに見つめ返した。
その瞳の奥にただの侵略者ではない、何か大きなものを背負う者の抗いがたい運命のようなものを感じていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
イツセのモデルは、神武天皇の兄である「五瀬命」です。神話では、彼は東征の道半ばで敵の矢に当たって負傷したとされています。
さて、神の声が聞こえない中、重大な決断を迫られた巫女ヒナタ。
村の運命は彼女のたった一言にかかっています。
次回、「巫女の決断」。
彼女は自らの意志で、最初の「神託」を下します。
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