古代山陽道・大山駅の駅子日誌 第3話:都から来た男
作者のかつをです。
第三章の第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、都から来た役人との対比を通じて、主人公タケルの都に対する見方が変わっていく様を描きました。
憧れが、失望へ。そして、新たな疑問へ。若者の心の成長の物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
早馬が駆け抜けていった数日後、予告通りに都から一人の役人がやってきた。
齢は三十半ば。きらびやかな絹の衣をまとい、その顔には田舎者を見下すような傲慢な笑みが張り付いていた。
「ここが、大山駅か。ひどい寂れようだな。馬の質はどうなのだ。まさか、俺を痩せ馬に乗せるようなことはあるまいな」
役人は馬から降りるなり、不平不満を並べ立てた。
駅長である父は、ひたすら平身低頭で応対している。
その姿を見て、タケルの胸にはむかむかとした怒りがこみ上げてきた。
(なんだ、こいつは……)
タケルは黙って役人の荷を運んだ。
荷の中からは、見たこともない美しい蒔絵の箱や、異国の香りを放つ香炉が次々と現れる。
これが都の貴族の暮らしなのか。
反発を感じながらも、その華やかな文化の香りに心がざわめくのをタケルは止められなかった。
その夜、役人は駅家で一番良い部屋で酒宴を開いていた。
父が酌をしながら、恐る恐る尋ねる。
「先日の、藤原様のご謀反の件、都はさぞ大変な騒ぎだったのでは……」
すると役人は杯を置き、にやりと笑った。
「ああ、あの愚か者のことか。もはや済んだことよ。帝に弓引く者は皆、ああなる運命よ。それより俺は、この度の働きでさらに位が上がることになってな。この安芸の国にはその報告のための、ただの通り道よ」
役人の言葉には、自分の出世を喜ぶあからさまな得意げな色が滲んでいた。
タケルの心は冷えていった。
都の政とは、人の死さえも自らの出世の糧とするこんなにも非情な世界なのか。
憧れていた都の姿が、急に色あせて見えた。
やがて役人は懐から、一つの木簡を取り出した。
それは先日の早馬が運んでいたものと同じ、紫の紐で封じられた密書だった。
彼はその木簡をまるで宝物のように撫でながら、独り言のようにつぶやいた。
「これさえあれば、安芸の国のあの男も失脚させられる……」
その呟きを、タケルの耳は確かに捉えていた。
この男はただの使いではない。
この安芸の国で、誰かを陥れるための陰謀を運んできたのだ。
タケルは息を殺し、そっとその場を離れた。
都の光と影。
そのあまりにも強烈なコントラストを前に、彼の心は大きく揺れ動いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
古代の地方政治は、中央から派遣された国司と地元豪族との間で常に緊張関係にありました。都からの使者がこうした政争の鍵を握る密書を運んでくる、というのは十分にあり得た話かもしれません。
さて、都の非情な一面を知ってしまったタケル。
そんな彼の心を癒すのは、役人とは全く違う普通の人々との出会いでした。
次回、「旅人の一夜」。
様々な人生が、この駅家で交錯します。
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