大山刀鍛冶、最後の一振り 第8話:鉄の魂はどこへ(終)
作者のかつをです。
第二章の最終話です。
時代の波にのまれ、その役目を終えていった一人の職人の、その後の人生。
そして彼が遺したものが、現代の私たちにどう繋がっているのか。
静かな感動と共に物語を締めくくりました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
徳川の世となり、世の中から戦の匂いは急速に消えていった。
それは人々にとっては、喜ばしいことだった。
しかし宗近にとっては、自らの存在意義が失われていくことを意味していた。
刀の注文は、ぱったりと途絶えた。
毛利家が去った安芸国に、もはや大山鍛冶を庇護してくれる者は誰もいない。
ある冬の日の朝。
宗近は、一人決断した。
彼はたたら場の炉の火を、自らの手で静かに消した。
何代にもわたって、大山鍛冶の魂を燃やし続けてきた炎。
その最後の火が消えるのを、彼はただ黙って見つめていた。
煙が、昇らなくなった。
槌音も、聞こえなくなった。
瀬野の山奥から、鉄の魂が消えた日だった。
宗近はその後、刀を打つことをやめた。
彼はたたら場をたたみ、小さな鍛冶屋を開いた。
鍬を打ち、鋤を打ち、鎌を打つ。
戦のためではなく、人々が土と共に生きるための道具を。
その方が、よほど父が言っていた「人を守る」という言葉に近いのかもしれない。
そう思うことで、彼はかろうじて心の均衡を保っていた。
彼の打つ農具はよく切れると、評判だった。
しかし彼の胸の奥には、常にあの「瀬野守」の冷たい輝きが焼き付いていた。
あの刀は今、どこで誰の手に渡り、何を思うのか。
その答えを知ることは、生涯なかった。
◇
……現代。
広島のとある博物館の、片隅。
ガラスケースの中に、一本の刀が静かに展示されている。
その説明書きには、こうあった。
「刀 銘 大山宗近作 号 瀬野守」
ガラスの向こうの刀身は、四百年の時を超えてもなお気高い輝きを失っていなかった。
穏やかな波の刃文は、まるで作り手の平和への祈りのように静かに、そして美しく輝いている。
訪れる人のほとんどは、この刀が瀬野の地で名もなき刀鍛冶の手によって生み出されたことを、気にも留めずに通り過ぎていく。
しかし、もしあなたがその輝きの中に耳を澄ませば。
遠い戦国の世、たたら場の炎と向き合い、鉄の魂を追い求め続けた一人の若者の、孤独な槌音が聞こえてくるかもしれない。
(第二章:炎と鉄の鎮魂歌 ~大山刀鍛冶、最後の一振り~ 了)
第二章「炎と鉄の鎮魂歌」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
戦乱の終結は、多くの刀鍛冶にとって仕事の終わりを意味しました。彼らの多くは宗近のように、農具などを作る「野鍛冶」へと転身していったと言われています。
さて、武士の時代が終わり、物語は古代へと遡ります。
次回から、新章が始まります。
**第三章:都の文と峠の馬 ~古代山陽道・大山駅の駅子日誌~**
交通の要衝であった古代の駅で働く若者の視点から、都からの情報や旅人との出会いを描く青春群像劇です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
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それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




