大山刀鍛冶、最後の一振り 第7話:関ヶ原の風
作者のかつをです。
第二章の第7話です。
歴史の大きな転換点である「関ヶ原の戦い」。
その結果が瀬野の山奥に暮らす、一人の刀鍛冶の運命をいかに変えてしまったのか。
時代の大きなうねりと個人の無力さを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「瀬野守」を打ち上げてから、数年の歳月が流れた。
宗近は相変わらずたたら場で、槌を振るう日々を送っていた。
あれ以来大きな注文はなく、農民のための鍬や鋤を打つことが仕事の中心となっていた。
それは穏やかで、しかしどこか物足りない日々だった。
そんなある日。
都の方から不穏な噂が、風に乗って瀬野の山奥にまで届き始めた。
太閤様が亡くなり、天下が大きく二つに割れて戦が始まるらしい、と。
東の徳川と、西の石田。
そして毛利家は、西軍の総大将として大坂城に入った、という。
宗近の胸がざわめいた。
(杉原殿も、今頃は大坂に……)
そして彼が持つあの「瀬野守」もまた、戦の渦中にいるのだ。
あの刀は今、誰かの血を吸っているのだろうか。
それとも主を守り、輝きを放っているのだろうか。
遠い戦場のことを思うと、仕事が手に付かなかった。
自分はただ、ここで鉄を打つことしかできない。
その無力さが歯がゆかった。
やがて運命の日がやってくる。
慶長五年九月十五日。
美濃国、関ヶ原で天下分け目の大戦がついに火蓋を切った、という報せ。
その日から、宗近は西の空ばかりを眺めて過ごした。
戦の勝敗が、毛利家の、そしてあの刀の運命を左右する。
数日後。
村に届いた報せは、あまりにも無情なものだった。
西軍の歴史的な大敗。
そして毛利家は、戦わずして敗者となった、と。
宗近は、その場に立ち尽くした。
全身の力が抜けていくようだった。
杉原殿は、どうなったのか。
瀬野守は、どうなったのか。
確かめる術は、何一つない。
ただ、確かなことが一つだけあった。
毛利家が安芸の国を追われ、防長二国へと大きく減封される、ということ。
自分たち大山鍛冶を庇護してきた大きな存在が、この地からいなくなる。
それは自分たちの時代の、終わりを意味していた。
関ヶ原から吹いてきた冷たい風は、瀬野のたたら場の最後の炎を、吹き消そうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
毛利輝元は西軍の総大将でありながら、実際には大坂城から動くことはありませんでした。そして戦後、毛利家は120万石から37万石へと大幅に領地を削減されることになります。この出来事がその後の歴史に大きな影響を与えていくのです。
さて、庇護者を失い時代の終わりを突きつけられた宗近。
彼と大山鍛冶の物語は、どこへ向かうのでしょうか。
次回、「鉄の魂はどこへ(終)」。
第二章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




