昭和水害と落合道標の奇跡 第6話:小さな奇跡
作者のかつをです。
第二十章の第6話をお届けします。
道標の再建。それは復興への決意表明でもありました。
過去と現在、そして未来を繋ぐ象徴として、道標を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
引き上げられた道標は、村人たちの手できれいに洗われた。
そして、元の場所、落合橋のたもとに再び据え付けられることになった。
再建の日。
村中の人々が集まった。
神主が祝詞を上げ、健一たちが力を合わせて石柱を立てる。
ドン、と重い音がして、道標が大地に根を下ろした。
「万歳! 万歳!」
歓声が上がった。
傾いた家々、泥だらけの道。
周りの景色はまだ傷ついたままだ。
しかし、この道標が立ったことで、風景の中心に一本の芯が通ったような気がした。
ここが、瀬野だ。
ここから、西条へ、熊野へ、そして広島へと道は続いている。
私たちは、どこへでも行けるし、またここへ帰ってくることができる。
その当たり前の事実が、これほどまでに尊いとは。
健一は、道標の文字を指でなぞった。
『右 西条』『左 熊野』。
それは、ただの方角を示す記号ではない。
過去から未来へと続く、時間の道標でもあった。
戦乱の世を生き抜いた人々。
街道を行き交った旅人たち。
水車の音と共に生きた職人たち。
この石は、そのすべてを見てきたのだ。
そして今、大水害という試練を乗り越え、再びここに立っている。
「負けられん」
健一は、強く思った。
先人たちが守ってきたこの土地を、自分たちの代で終わらせるわけにはいかない。
泥をかき出し、家を直し、田畑を蘇らせる。
長い、長い戦いになるだろう。
しかし、道は見えている。
この道標が、指し示してくれている。
その日、瀬野川の水は、少しだけ澄んで見えた。
龍神の怒りは静まり、川は再び人々の暮らしに寄り添う、穏やかな流れへと戻りつつあった。
それは、絶望の淵で見つけた、小さな、しかし確かな奇跡だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「落合」という地名は、川が合流する場所を意味します。そこは、人と人、道と道が出会う場所でもあります。道標は、そんな出会いと別れを見守り続けてきたのですね。
さて、長い物語もいよいよ大団円です。
復興を遂げた瀬野。そして、現代へと続くメッセージ。
次回、「復興への一歩(終)」。
『瀬野郷土史譚』、堂々の完結です。
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