昭和水害と落合道標の奇跡 第5話:瓦礫の中の祈り
作者のかつをです。
第二十章の第5話をお届けします。
ついに発見された道標。
それは単なる石ではなく、人々の希望そのものでした。
みんなで力を合わせて引き上げるシーンは、復興への団結を象徴しています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
水害から一週間が経とうとしていた。
川の水位は下がり、川底の様子が少しずつ見え始めていた。
健一は、落合橋から数百メートル下流の、大きく湾曲した淵に目を付けた。
重いものは、流れが淀むあの場所に沈んでいる可能性がある。
彼は、腰に縄を巻き、濁った水の中へと入っていった。
水は冷たく、流れはまだ速い。
足の裏で、川底の石の感触を確かめながら、慎重に進んでいく。
その時、足先に何か、人工的な角ばったものが当たった。
(……これか?)
彼は、息を止めて潜った。
泥水の中で目は開けられない。手探りでその物体を確認する。
四角い柱。表面のざらつき。
そして、指先が触れた、彫り込まれた文字の感触。
「あった……!」
彼は、水面に顔を出し、大声で叫んだ。
「あったぞ! 道標じゃ!」
その声を聞きつけ、岸にいた村人たちが集まってきた。
男たちが縄を持って川に入ってくる。
「せーの、よいしょ!」
「それ、引け!」
大人数で縄を引き、泥に埋もれた石柱を少しずつ引き上げていく。
ズズズ……と、重い音を立てて、石柱が川底から姿を現した。
泥まみれになりながらも、そこにははっきりと文字が刻まれていた。
『右 西条』
「おお……!」
長老が、涙を流して石柱に抱きついた。
周りの村人たちも、泥だらけの手で顔を覆って泣いている。
たかが、石の棒だ。
しかし、それは彼らにとって、故郷がまだここにあるという、確かな証だった。
健一もまた、震える手で石柱に触れた。
冷たくて、硬い。
しかし、その石からは不思議な温かさが伝わってくるようだった。
「これで、また歩き出せる」
誰かが言った。
その言葉通り、道標の発見は村人たちの心に火を灯した。
瓦礫の撤去作業にも、精が出るようになった。
絶望に沈んでいた顔に、少しずつ生気が戻ってきた。
瓦礫の中の祈りが、通じたのだ。
龍神は、すべてを奪い去ったわけではなかった。
一番大切なものを、泥の中に残してくれていたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
実際に、水害で流された道標が後に発見され、元の場所に再建されたという事例は存在します。地域の人々の強い愛着がなければ、そのまま泥に埋もれていたかもしれません。
さて、希望を取り戻した瀬野の人々。
物語は、復興、そして未来へと繋がっていきます。
次回、「小さな奇跡」。
道標が、再び元の場所に立ちます。
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