昭和水害と落合道標の奇跡 第4話:濁流に消えた道標
作者のかつをです。
第二十章の第4話をお届けします。
生きるために必死な状況の中で、それでも「心の拠り所」を求めようとする人々。
失われた道標を探す健一の姿を通して、復興における精神的な支柱の大切さを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
復旧作業は、困難を極めた。
重機などない時代。すべては人の手で行わなければならない。
健一たち若い男衆は、スコップを手に泥をかき出し、流木を撤去し続けた。
食料も不足していた。
配給のおにぎりを分け合い、泥水をすすりながらの作業。
疲労と空腹で、誰もが限界に近づいていた。
そんなある日、長老が健一に声をかけた。
「健一、頼みがある。あの道標を、探してくれんか」
「道標ですか? しかし、この泥の海の中です。どこまで流されたか……」
「あれは、村の魂じゃ。あれが戻らんと、村は元の姿に戻らん気がするんじゃ」
長老の懇願するような目に、健一は断ることができなかった。
彼は作業の合間を縫って、川下へと道標を探し歩いた。
泥に埋もれた瓦礫をかき分け、川底を棒でつつく。
「あんな重い石だ。そう遠くへは行っていないはずだ」
しかし、見つかるのは岩や流木ばかり。
何日探しても、あのおなじみの石柱は見つからなかった。
「もう、諦めた方がいいんじゃないか」
仲間の一人が言った。
「石を探すより、畑を耕す方が先だ。食う物を作らなきゃ、生きていけん」
その通りだった。
過去の遺物よりも、明日の米の方が大切だ。
健一も、そう思い始めていた。
しかし、彼は諦めきれなかった。
戦地で、道を見失い、死んでいった仲間たちの姿が重なる。
「道標がなければ、俺たちはどこへ向かえばいいんだ」
それは、迷信めいた執着だったかもしれない。
しかし、何もかも失った今だからこそ、変わらない「何か」を取り戻したかった。
彼は、一人になっても探し続けた。
冷たい川の水に浸かり、手足がかじかんでも。
「頼む、出てきてくれ……」
彼の祈りは、龍神に届くのだろうか。
泥の中で、彼はただひたすらに、石の感触を探し求めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
災害時、大切なものを失った喪失感は、復興への意欲を削ぐ大きな要因となります。逆に、思い出の品やシンボルが見つかることは、人々に大きな勇気を与えることがあります。
さて、懸命な捜索を続ける健一。
彼の努力は報われるのでしょうか。
次回、「瓦礫の中の祈り」。
泥の中から、希望の光が見つかります。
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