大山刀鍛冶、最後の一振り 第6話:刀、主の元へ
作者のかつをです。
第二章の第6話をお届けします。
ついに完成した刀が、注文主の元へと渡ります。
自分の仕事の価値が認められる、職人にとって最も誇らしい瞬間。
そしてその裏にある一抹の寂しさ。そんな感情を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
約束の日の朝。
たたら場には再び、あの武士、杉原が姿を現した。
宗近は白木の鞘に収められた、完成したばかりの刀を静かに彼の前に差し出した。
言葉はなかった。
すべては、この一振りが語ってくれるはずだった。
杉原は刀を手に取ると、ゆっくりと鞘から抜いた。
朝日を浴びた刀身が、まばゆい光を放つ。
その吸い込まれるような美しさに、杉原は息を呑んだ。
波のように穏やかな刃文。
鍛え抜かれた地金に浮かぶ、天の川のような地景。
そして切っ先から柄まで、一点の曇りもない気品の高い姿。
それはただの武器ではなかった。
一つの完璧な芸術品だった。
「……見事だ」
杉原の口から、感嘆のため息が漏れた。
彼は刀を構え、軽く空を切る。
ヒュッ、という風の鳴る音だけが鋭く響いた。
「この刀には気品がある。無用の殺生を、自ら戒めるような気高さがな。これならば、我が命、そして安芸の民を預けるに足る」
その言葉は、宗近にとって何よりの褒美だった。
自分の込めた思いが、確かにこの武士に届いたのだ。
杉原は刀を鞘に収めると、宗近に向き直った。
「この刀に名を付けたい。お主が生まれ育ったこの土地の名を借りて、『瀬野守』と。異存はないか?」
瀬野守。
この瀬野の地を、そして安芸の国を守る刀。
「……ありがたき、幸せ」
宗近は深く、深く頭を下げた。
杉原は満足げに頷くと、馬に乗り去っていった。
その背中が見えなくなるまで、宗近はただ頭を下げ続けていた。
一人の職人として、これ以上の誉れはない。
しかし彼の心には、一抹の不安もよぎっていた。
あの美しい刀がこれから、血で汚れるであろう戦場へと向かうのだ。
(瀬野守よ、どうか良き主を、そして安芸の国を守ってくれ……)
彼はただ祈ることしかできなかった。
自らが産み出した子供の無事を。
そしてその子供が、この乱世に一筋の光をもたらすことを。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
優れた刀には、持ち主やその刀にまつわる逸話にちなんだ「号」が付けられることがあります。「瀬野守」という号は、この物語のための創作ですが、刀が単なる武器ではなく人格を持った存在として扱われていたことが窺えますね。
さて、「瀬野守」と名付けられた刀は、戦乱の世にどんな運命を辿るのでしょうか。
次回、「関ヶ原の風」。
時代の大きなうねりが、瀬野の山奥にまで届きます。
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