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ひろしま郷土史譚《瀬野編》~街道と鉄路が続く物語~  作者: かつを
第4部:伝奇・民話編 ~土地に眠る不思議な物語~
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昭和水害と落合道標の奇跡 第1話:終戦の夏

作者のかつをです。

 

本日より、いよいよ最終章となる第二十章「龍神の涙、人の祈り ~昭和水害と落合道標の奇跡~」の連載を開始します。

 

終戦直後の混乱期、広島を襲った「枕崎台風」。

戦争と天災、二重の苦難に見舞われた瀬野の人々が、いかにして復興への道を歩み始めたのか。

実在する史跡「落合道標」を軸に描く、魂の物語です。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

広島市安芸区瀬野。

この町を流れる瀬野川は、穏やかな清流として人々に親しまれている。

しかし、その川がかつて牙を剥き、この町を泥の海へと沈めた悲劇があったことを、今の静かな水面からは想像することも難しい。

 

昭和二十年(1945年)九月。

あの忌まわしい戦争が終わってから、わずか一ヶ月後のことである。

原子爆弾の傷跡も生々しい広島の地に、追い打ちをかけるように襲来した「枕崎台風」。

 

これは、絶望の淵に立たされた人々が、濁流に飲み込まれた故郷で、一つの「道標みちしるべ」を頼りに再び立ち上がろうとした、再生の物語である。

 

 

 

 

昭和二十年、八月十五日。

長い戦争が終わった。

 

瀬野の農家の三男坊、健一は、復員兵として故郷の土を踏んだ。

南方の激戦地から奇跡的に生還した彼の目に映ったのは、広島市内の壊滅的な惨状と、辛うじて戦火を免れた瀬野の変わらぬ山河だった。

 

「帰ってきたんじゃな……」

 

健一は、瀬野川にかかる落合橋のたもとに立ち、川面を見つめた。

そこには、古くから旅人の道案内をしてきた「落合の道標」と呼ばれる石柱が立っていた。

 

『右 西条』『左 熊野』

 

風雨にさらされ、角が丸くなったその石柱。

子供の頃、この周りで鬼ごっこをして遊んだ記憶が蘇る。

何もかもが変わってしまった世の中で、変わらない故郷の景色だけが、健一の荒んだ心を慰めてくれた。

 

しかし、その平和な時間は長くは続かなかった。

 

九月に入ると、空の機嫌が怪しくなっていった。

連日の雨。

湿った南風が、谷あいの町に不穏な空気を運んでくる。

 

村の古老たちは、空を見上げて呟いた。

「龍神様が、荒れとる」

 

瀬野川の上流、中倉神社の境内には、水を司る龍王社がある。

古来より、この地の人々は川の恵みに感謝すると同時に、その恐ろしさを「龍」の姿に重ねて畏怖してきたのだ。

 

健一は、胸騒ぎを覚えた。

戦争で多くの仲間を失い、ようやく掴んだ命。

しかし、運命はまだ彼らに試練を与えようとしているのか。

 

雨脚は、次第に強くなっていった。

それは、まるで天が日本の悲劇を嘆き悲しんでいるかのような、終わりのない涙のようだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第二十章、第一話いかがでしたでしょうか。

 

戦争が終わった直後の九月に起きた枕崎台風は、広島県だけで2000人以上の死者・行方不明者を出す大惨事となりました。原爆の被害と合わせて、広島にとってはまさに受難の年だったのです。

 

さて、不穏な空気に包まれる瀬野の町。

雨は、やがて見たこともない豪雨へと変わっていきます。

 

次回、「黒い雨」。

自然の猛威が、人々に襲いかかります。

 

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