木像地蔵の流浪譚 第6話:流れ着いた理由(終)
作者のかつをです。
第十八章の最終話です。
流れ着くことの意味。
人生の不可思議さと、縁の尊さをテーマに、物語を締めくくりました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
数百年という時が流れた。
喜助も、その子孫たちも、土に還った。
しかし、あの木像の地蔵は、今も瀬野の片隅に、ひっそりと佇んでいる。
長い年月の間に、お堂は何度か建て替えられた。
地蔵の身体は、さらに風化し、目鼻立ちも薄れてしまった。
もはや、元の木の形に近い、ただの古木に見えるかもしれない。
それでも、誰かが供えた真新しい花が、いつも手向けられている。
通りがかりの小学生が、帽子をとってペコリと頭を下げる。
散歩中の老人が、手を合わせて何かを呟いていく。
縁。
不思議な糸に導かれて、この場所にたどり着いた地蔵。
もし、あの日、川に流されなければ、この地蔵は上流の村で、誰にも知られずに朽ちていったかもしれない。
あるいは、土砂に埋もれて永遠に失われていたかもしれない。
流されたからこそ、出会えた人々がいる。
守ることができた笑顔がある。
人生もまた、川の流れのようなものかもしれない。
予期せぬ激流に飲み込まれ、望まぬ場所へと流されることがある。
しかし、流れ着いたその場所で、新しい根を張り、花を咲かせることができる。
「置かれた場所で、咲きなさい」
地蔵は、その身をもって、無言のうちにそう語りかけているようだ。
◇
……現代。瀬野川のほとり。
一人の女性が、川沿いの道を歩いている。
彼女は、都会での仕事に疲れ、故郷であるこの町に戻ってきたばかりだった。
「私、何やってるんだろう……」
挫折感に苛まれながら、ふと顔を上げると、小さな祠が目に入った。
中には、古びた木のお地蔵様。
彼女は、吸い寄せられるように近づき、手を合わせた。
「……よく、ここまで頑張って来なさった」
どこからか、そんな声が聞こえた気がした。
喜助の声か、あるいは地蔵の声か。
彼女の目から、涙がこぼれた。
失敗したと思っていた自分の人生。
でも、こうして故郷に帰り、この風景に出会えたことにも、きっと意味がある。
川は、今日も流れている。
過去から未来へ。
悲しみも、喜びも、すべてを運んで。
木像の地蔵は、その流れを、今日も静かに見守り続けている。
まるで、すべての旅人の、道標のように。
(第十八章:熊野川より来たる ~木像地蔵の流浪譚~ 了)
第十八章「熊野川より来たる」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
瀬野に限らず、川沿いの地域には「流れ着いた神様・仏様」の伝説が多く残っています。それは、災害と恵みの両方をもたらす川という存在と、人間がいかに深く関わってきたかの証左でもあります。
さて、川の物語の次は、星の物語です。
次回から、新章が始まります。
第十九章:厄災を封じる星の神 ~黄幡神社と陰陽師の伝説~
暦の上の凶神とされる「八将神」の一柱、黄幡神。
なぜ、この恐ろしい神が、この地で祀られるようになったのか。
陰陽師と村人たちの、厄災封じの物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十九章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




