木像地蔵の流浪譚 第5話:故郷への願い
作者のかつをです。
第十八章の第5話をお届けします。
地蔵が村に定着し、新たな信仰の対象となっていく様子を描きました。
傷ついた姿こそが尊い。そんなメッセージを込めました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
村に戻った喜助は、地蔵を元の祠に安置した。
「お地蔵様。ここが、あんたの新しい家じゃ」
彼は、新しい前掛けを縫い、地蔵の首に掛けてやった。
「故郷は、わからなかった。でも、わしらが、ここであんたを守る。あんたの親父さんの代わりに、わしらが、毎日頭を撫でてやる」
喜助の言葉に、地蔵は、以前にも増して穏やかに微笑んでいるように見えた。
それからというもの、この地蔵は「流れ地蔵」として、村の人々に一層親しまれるようになった。
川から流れてきたことから、「水難除け」の神様として。
子供の身代わりという夢の話から、「子育て」の神様として。
そして、遠くから旅をしてきたことから、「足腰」の神様として。
人々は、それぞれの願いを、この小さな木像に託した。
ある日、旅の僧侶が通りかかった。
彼は、地蔵の前に立ち止まり、深く合掌した。
「なんと、良いお顔をされている」
僧侶は言った。
「この仏様は、多くの苦難を乗り越えてこられた。水に流され、岩に打たれ、傷つきながらも、それでも微笑んでおられる。その姿こそが、人々に勇気を与えるのです」
僧侶の言葉に、喜助は深く頷いた。
傷だらけの身体。
それは、痛みの記憶ではない。
困難を生き抜いてきた、強さの証なのだ。
あの大雨の日。
濁流の中を、必死で旅してきた地蔵。
それは、もしかしたら、上流の親父さんが最後に叫んだ「生きろ」という願いを、叶えるための旅だったのかもしれない。
生きて、流れ着いて、そして、また誰かの心の支えになる。
命のバトンは、こうして繋がっていくのだ。
喜助は、地蔵の頭を、そっと撫でた。
手のひらに伝わる木のぬくもりが、自分の子供の肌のように、愛おしかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
お地蔵様が赤いよだれかけ(前掛け)をしているのは、子供の守り神であるから、あるいは赤色が魔除けの色であるから、など諸説あります。村人たちの愛情の証ですね。
さて、物語は現代へ。
流れ着いた地蔵は、今どうなっているのでしょうか。
次回、「流れ着いた理由(終)」。
第十八章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




