木像地蔵の流浪譚 第4話:失われた記憶
作者のかつをです。
第十八章の第4話をお届けします。
故郷を探す旅。しかし、それは徒労に終わります。
でも、その過程で主人公は、地蔵の本当の「意志」のようなものに触れることになります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「このお地蔵様を、元の場所へ返してやらねば」
喜助はそう思った。
あんなにも深く愛されていたのだ。
きっと、上流の村では、今もこの地蔵の行方を案じている人がいるに違いない。
喜助は、農作業の合間を縫って、瀬野川を遡る旅に出た。
地蔵を背負い、一軒一軒、川沿いの集落を訪ね歩いた。
「このお地蔵様に見覚えはありませんか」
「大雨の日に、流されたお堂を知りませんか」
しかし、答えはなかなか見つからなかった。
川は長く、支流も多い。
そして、あの大雨は、多くの村に爪痕を残していた。
「ああ、あの時の水害か。わしの村も半分が流されたよ」
「地蔵堂? さあ、あちこちにあったからねえ」
人々の記憶は、日々の暮らしの忙しさに紛れ、少しずつ薄れていた。
あるいは、辛い記憶だからこそ、忘れようとしていたのかもしれない。
喜助は、熊野の村までたどり着いた。
そこには、かつて大きな土砂崩れがあったという谷があった。
「ここかもしれない」
彼は、古くから住む老人を訪ねた。
老人は、喜助が背負った地蔵をじっと見つめ、そして、首を横に振った。
「……似ておるが、違うな。わしらの村の地蔵様は、石じゃった」
手掛かりは、掴めなかった。
喜助は、肩を落として帰路についた。
背中の地蔵が、いつもより重く感じられた。
「すまねえな、お地蔵様。お前さんの故郷を、見つけてやれなくて」
彼は、背中に向かって詫びた。
しかし、その時。
背中の地蔵から、ふわりと、温かい気が伝わってくるのを感じた。
それは、言葉ではなかった。
しかし、喜助の心に、直接響いてくるような、不思議な感覚だった。
『……良いのだ』
そんな声が、聞こえた気がした。
『私は、旅をしたかったのかもしれない。狭い谷を出て、広い世界を』
喜助は、立ち止まった。
夕暮れの瀬野川が、金色の光を反射して輝いている。
もしかしたら、この地蔵は、元の場所に戻ることを望んでいないのではないか。
災害という悲しい出来事すらも、新しい縁を結ぶための、一つのきっかけだったのではないか。
喜助の胸に、そんな思いが去来した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「流れる」ということは、元の場所を失うことであると同時に、新しい場所にたどり着くことでもあります。仏教の「縁起」という考え方にも通じるかもしれません。
さて、故郷が見つからなかった地蔵。
喜助は、一つの決断を下します。
次回、「故郷への願い」。
地蔵の、新しい居場所が決まります。
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