木像地蔵の流浪譚 第1話:川岸の地蔵
作者のかつをです。
本日より、第十八章「熊野川より来たる ~木像地蔵の流浪譚~」の連載を開始します。
今回の主役は、川から流れ着いた「木彫りのお地蔵様」。
「流れ仏」という言葉があるように、漂着した神仏を祀る風習は日本各地に残っています。
物言わぬ地蔵が秘めた、過去と縁の物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島市安芸区を流れる瀬野川。
この川は、かつて上流の地名をとって「熊野川」とも呼ばれていた時代がある。
山々から湧き出た水は、多くの支流を集め、時に激しく、時に穏やかに、この谷あいの里を潤してきた。
川は、水だけでなく、様々なものを運んでくる。
肥沃な土砂、山の木々、そして時には、不思議な「物語」さえも。
これは、ある大雨の翌日、川岸に流れ着いた、一体の木彫りの地蔵にまつわる、数奇な運命の物語である。
◇
江戸時代の中頃。
瀬野の村を、長雨が襲った。
瀬野川は濁流となり、恐ろしい轟音を立てて渦巻いていた。
雨が上がり、水が引いた朝。
川沿いの田んぼを見回りに来た百姓の喜助は、葦の茂みの中に、何か黒っぽいものが引っかかっているのを見つけた。
「流木か……。薪にでもするか」
喜助は、泥まみれのその物体を引き上げた。
ずしりと重い。
泥を川の水で洗い流してみると、現れたのは、ただの木切れではなかった。
それは、人の形をしていた。
柔和な顔立ち、合わされた手。
一本の木から彫り出された、お地蔵様だった。
「あっ、こりゃあ……」
喜助は、慌てて手を合わせた。
その地蔵は、長い間水に浸かっていたせいか、角が取れ、所々が欠けていた。
しかし、その表情は不思議なほど穏やかで、見る者の心を落ち着かせるような、温かい微笑みを浮かべていた。
「どこから、流れて来なさったんじゃろうか」
喜助は、上流の山々を見上げた。
この川の上流には、熊野の村がある。さらにその奥には、深い山が続いている。
長い旅をしてきたであろう、その木像。
喜助には、それが単なる漂着物には思えなかった。
何か、深い事情を抱えて、わざわざ自分の元へとたどり着いた、言葉なき旅人のように見えたのだ。
彼は、濡れた地蔵を自分の着物の袖で丁寧に拭うと、背負って家へと持ち帰った。
粗末にするわけにはいかない。
そう、直感したからだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十八章、第一話いかがでしたでしょうか。
瀬野川は、昔から地域の生活用水としてだけでなく、水運や、時には水害をもたらす畏怖の対象でもありました。川が運んでくるものは、人々にとって特別な意味を持っていたのです。
さて、喜助に拾われた地蔵。
村人たちは、この不思議な漂着物をどう受け止めるのでしょうか。
次回、「村の言い伝え」。
地蔵の正体を巡って、村がざわめき始めます。
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