野原山城跡、石の神様が見た夢 第4話:旅人たちの祈り
作者のかつをです。
第十七章の第4話をお届けします。
街道を行き交う様々な人々。その姿を定点観測のように見つめる道祖神の視点。
これまでの章で登場した馬子や茶屋の娘といったキャラクターたちの息遣いも、少しだけ感じられるエピソードにしてみました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
寺の参道は、西国街道の脇道に通じていた。
そのため、時折、村人だけでなく、旅の者たちも姿を見せるようになった。
第六章で見たような、馬を曳く馬子たち。
彼らは、重い荷物を背負った馬を木陰で休ませ、我々の前で一服する。
「ふう、今日も大山峠はきつかったな」
「ああ。この地蔵さん(道祖神)に、明日も無事であるように拝んでおくか」
彼らは、懐から出した握り飯を、半分に割って我々に供えてくれた。
その粗末な握り飯からは、汗と土の匂いがした。
それは、生きるために働く者たちの、尊い匂いだった。
時には、第七章のおはなのような、茶屋の娘が通りかかることもあった。
彼女は、誰かを待っているのか、街道の方をじっと見つめ、そして、小さくため息をついて手を合わせた。
「……あの方が、無事に旅を続けられますように」
恋の悩みか、別れの悲しみか。
我々は、そんな秘めた想いも、黙って聞いてやった。
江戸の世も、終わりが近づいていた頃。
ちょんまげを切った、奇妙な服装の男たちが、慌ただしく通り過ぎていくようになった。
彼らは、「新しい世の中」について、熱っぽく語り合っていた。
「これからは、身分など関係ない時代が来る」
「我々の手で、日本を変えるんだ」
その熱気は、かつての戦国の世の殺気とは違っていた。
希望と、不安が入り混じった、新しい風の匂いがした。
我々は、ただの石だ。
世の中を変える力はない。
しかし、時代がどう変わろうとも、人の心の底にある「祈り」の形は変わらないことを知っていた。
無事を願う心。
幸せを願う心。
その変わらぬ想いが、この道を行き交う無数の足跡となって、地面に刻まれていく。
我々は、その一つ一つの足跡を、記憶に刻み込んだ。
名もなき旅人たちの、それぞれの人生の物語を。
やがて、街道の向こうから、聞いたこともないような轟音が響いてくるようになった。
黒い煙を吐き、鉄のレールの上を走る「汽車」の音だ。
旅の形が、変わろうとしていた。
歩く旅から、乗る旅へ。
参道を通る旅人の数は、目に見えて減っていった。
それでも、我々はここに立ち続けた。
道がある限り、そこを通る誰かがいる限り。
我々の役目は、終わらないのだから。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
道祖神は「塞の神」とも呼ばれ、村に悪いものが入ってこないようにする結界の役割も持っていました。旅人にとっては、旅の安全を守ってくれる頼もしい神様だったのです。
さて、時代は明治、大正、そして昭和へ。
激動の時代の中で、道祖神の周りの風景もまた、大きく変わろうとしていました。
次回、「忘れられた丘の上で」。
開発の波が、彼らの居場所を奪います。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!




