野原山城跡、石の神様が見た夢 第3話:山寺の参道
作者のかつをです。
第十七章の第3話をお届けします。
戦国の殺伐とした空気から一転、平和な江戸時代の寺での日々。
石の神様が、人々のささやかな日常と信仰心に触れ、自らの存在意義を再確認する物語です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
我々が連れてこられたのは、山麓にある古い寺の参道だった。
大きな銀杏の木の下。
木漏れ日が優しく降り注ぐ、特等席だ。
「ここなら、お参りに来る人たちを、毎日見守れるだろう」
村人たちはそう言って、我々を丁寧に据え付け、新しい注連縄を掛けてくれた。
ここでの暮らしは、城門の時とはまったく違っていた。
ここを通るのは、槍を持った兵士ではない。
赤子を背負った母親、腰の曲がった老人、手をつないだ若い男女。
彼らは皆、我々の前で足を止め、手を合わせていく。
「子どもが、元気に育ちますように」
「足腰が、丈夫でありますように」
「良いご縁が、ありますように」
戦勝祈願ではない。
日々の、ささやかで、平和な願い。
その祈りの声は、春の風のように柔らかく、我々の石の身体を温めた。
ある日、一人の若いお坊さんがやってきた。
彼は、毎朝、参道を箒で掃き清めてくれた。
「おはようございます、道祖神様」
彼は、石である我々に、まるで生きている人間のように話しかけてきた。
今日の天気のこと、村であった出来事、読みかけの経典の難しさ。
我々は、何も答えない。
それでも、彼は毎日話しかけてくれた。
ある時、彼は我々の頭に積もった雪を払いながら、独り言のように言った。
「あなたたちは、ずっと昔からここにおられたのですね。人間の命など、あなたたちから見れば、瞬きする間のようなものでしょう」
そうだ。その通りだ。
「でも、その一瞬一瞬を、私たちは懸命に生きている。だからこそ、あなたたちのような変わらぬ存在が、心の支えになるのです」
彼は、優しく微笑んだ。
その言葉を聞いて、我々は思った。
城が燃え落ち、土に埋もれていたあの日々も、無駄ではなかったのだと。
我々が、ただ「在る」こと。
それだけで、誰かの救いになることがあるのだと。
季節は巡る。
お坊さんは、やがて年を取り、住職となり、そしてある日、姿を見せなくなった。
代わりに、新しい若いお坊さんが、箒を持って現れた。
人間たちは、入れ替わっていく。
しかし、祈りの心だけは、変わることなく受け継がれていく。
我々は、その繰り返される営みを、銀杏の木の下で、静かに、幸せな気持ちで見つめ続けていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
道祖神は、村の境界や峠の入り口などに祀られ、外からの災いを防ぐ神様ですが、同時に「縁結び」や「子孫繁栄」の神様としても親しまれています。男女一対の像が多いのは、そうした願いが込められているからです。
さて、平和な日々が続く中、参道の外の世界では、少しずつ変化が起きていました。
次回、「旅人たちの祈り」。
街道を行き交う人々が、道祖神の前を通り過ぎていきます。
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